第22話【アラスカ行きの船】Gさんの語り(クトゥルフ)

 北海道に住んでる石塚さんの体験談です。

 石塚さん、大学卒業しても定職付かなくてフラフラした生活してたらしいんですけど、さすがに親に怒られて。家から追い出されそうになってたらしいです。

 でもサラリーマンになりたくないなー、家にもいたくないなー。宿付き長期のバイト無いかなーって探してたんですって。


 で、これ結構有名らしいんですけど、北海道の漁船の何隻かは、知床とかから出航してアラスカまで行って、向こうの港町に上陸して燃料と食料補給してまた日本に引き返してくるんですってね。

 だからパスポートはもちろん必須なんだけど、漁師さんで英語喋れる人あんまりいないから、通訳はバイトがやってるらしいんです。

 3ヶ月の間船の上にいて、給料もそこそこいい。英語もちょっと話せる。

 これだ!と思って石塚さんバイトに応募したらしいんですよ。簡単な英語の試験を無事合格して。その後漁師さんと面談の時間があったんですって。


 一応、注意事項とかなんやらかんやら説明があって。まぁ船だから事故とか起きたら命の保証できないですからね。

 石塚さんはすぐにでも親がうるさい家から出ていきたいから、全部大丈夫です大丈夫ですって答えてたらしいんです。

 そうしたら漁師さんが「これね、変な質問だけどね。身内に『水』に関係する漢字を持ってる人いるか」って聞いてきたらしいんです。

 例えば、浩とか沙織とか、さんずいの付いてたり、それこそ水田とか、川上とか、そういった名前の人がいるかって。

 特に思い浮かばなくて、まぁ大丈夫ですって言ったら、その場で採用になったと。その時はまぁげんかつぎみたいなものかなと思ったのと、早く家から出たかったのであまり気にしてなかったみたいです。


 出港まではあっという間で、一週間後にはもう船の上だったと。初めての船旅で最初はかなり戸惑ったみたいなんですけど、まぁ三週間もすると海にも慣れてきて。船の漁師さんとも仲良くなってきて、夜は酒飲んだり馬鹿話したり、楽しいバイトだったそうです。

 で、漁師さんの中に佐々木さんという方がいて。佐々木さんの弟さんがもうすぐパパになるって話を良く聞かされてたみたいです。

 いやー俺も叔父さんになるのかーっ楽しみだなーってね。

 もうその子の名前も決まってて。女の子なのでサキナちゃん。佐々木さんはもうサキナちゃんが産まれてるみたいな口調で「いやーサキナに会いたいなー。絶対可愛いよなー」みたいなことばっかり言ってたらしいです。


 そんなこんなでアラスカについた。めっちゃ寒いらしいですよアラスカ。特に夜の海なんて極寒。北海道の寒さとは全然違う。風が吹くだけで体がピシッて裂けてるかと思うくらいだったと。

 漁師さんは慣れたもんで、英語こそ話せないけど備品の補充とかせっせとやってね。

 彼らの楽しみは、アラスカから日本に電話かけることなんですね。洋上だと、当時は無線LANとかWi-Fiなんて無いから携帯も圏外になっちゃう。アラスカに付けばプリペイド式なら使えるらしくて、みんな家族に電話するんですね。

 で、佐々木さんも弟さんに電話して。

「産まれたか!?やったなー!」って。たった1ヶ月半の付き合いだけど、よかったなぁって石塚さん思ってたみたいです。


 で、アラスカを離れ日本に帰るとき。

 体感的には洋上のほうがやっぱり寒いみたいで。ただ夜、満月になるとすっごい綺麗な風景が見れるんですって。空に浮かぶ月が海に映るらしいんですけど、池とかに映るみたいにもう一つの月が海面にある感じじゃなくて。海面をまっすぐ照らす道みたいに見えるんですって。

 それがまるで、光の道みたいに見えて。まるでそのまま歩いていけるような感じらしいんです。

 石塚さんそれを見るのが好きで、アラスカを出たらもう仕事もないから、防寒着着ながらぼんやり海を見てたらしいんですね。


 そうしたら、急にドボン!って音がして。アラスカのあたりはよくセイウチが泳いでるらしくて、船の周りをバシャバシャ泳ぐことがあるらしいんですけど、その音ではなくて、なんだか船から誰か落ちたみたいな感じだったと。

 急に甲板が騒がしくなって、「誰か落ちたぞ!!」って声がした。アラスカの海なんて落ちたら、すぐ引き上げないと凍死しちゃうので、石塚さんも立ち上がって、みんなが騒いでる方に行ったんですね。

 そうしたら船長たちの目線が海の方を向いてる。石塚さんもそっちを見ると、海面を月の光が道のようになって照らしてた。そこを、佐々木さんがしっかりとした足取りで歩いてたらしいんです。沖なので足がつくような深さのはずがない。でも、まるでちょっとお手洗いに行きますっていうようにスタスタと船から離れていく。

「え!ちょっと!佐々木さん!!」って石塚さんが大声で叫ぶんですけど、全然聞こえてる感じがしない。

 石塚さんが船長たちの方見ると、みんな無言のまま動かず、佐々木さんをじっと眺めていたようです。

「どうしたんですか!佐々木さん助けないと!!」って石塚さんが言った途端、船長が石塚さんの腕を掴んで。

「あいつを助けるとな、俺たちも帰れないから」

 と言って、船室に戻ってしまった。すると他の船員たちもぞろぞろと持ち場に帰っていく。

 もう一度海の方を向いたら、どこまでも続く海面を照らす道を、こちらを振り返ることなく歩いていく佐々木さんの背中が見えたそうです。


 結局、そのまま石塚さんたちは佐々木さんを海に残したまま北海道に帰ってきました。漁港にはそれぞれの家族が迎えに来てたんですが、そこに佐々木さんの弟さんと数名のお巡りさんと刑事さんもいたらしいんですね。

 日本に連絡ができるようになったタイミングで、船長の方からすでに警察に佐々木さんが海に落ちたことを通報してて。石塚さんも取り調べを受けたんですけど、海の上を歩いてたことは言えなくて。結局、精神的ストレスによる自殺ってことになったらしいです。


 でも流石に石塚さん気になって。取り調べが終わった後に船長に、一体あれがなんだったのか聞いてみたらしいんです。そうしたら、佐々木さんの弟は禁忌を犯したと。子供に「水」に関連する漢字の名前をつけちゃったらしいんです。


 そもそもなんで漁船に禁忌があるのか。昔から漁船には神棚をつけるとか、願掛けとかするのが普通らしいんですが、代々船長の家族が住んでいる北海道の印巣升という小さな村では、昔から海の神様と何か一つ約束をすることで、大漁という恩恵を受けていたそうです。

 大昔では生贄を捧げる、というのが一番基本的で簡単な約束事だったらしいのですが、明治時代以降近代化が進んだため、生贄の制度を廃止し新たなシステムを構築した。それが、神様とのルールをつくり、それを破ったら人間の魂と肉体を捧げることだったそうです。


 船長の家系が所有する船の場合は、それが「水」に関連する名前を持つ人間を漁に出さないこと。禁忌を犯した場合は、漁に出た人間を海に捧げる。

 ただどうやら最初の頃は、それが難しく、何人もの人間が漁の途中で海に落ちたり、不可解な死を遂げてしまい、結果としてその人たちが生贄としての役割を果たしていたようです。ただ大正、昭和と時代が進んでいくにつれて、船の事故自体が減ってきたこともあり、死亡事故は起きなくなったそうです。ですがしばらくすると、漁に出ている人間の名前が問題無くても、その人の家族や親戚の名前に「水」がついていれば、問答無用で神に連れて行かれるようになったそうです。それ以降、船に乗せる人間、およびその家族の名前には気を使っているそうです。


 今回、佐々木さんの弟さんは娘にサキナという名前を付けました。佐々木さんも船長さんも、その漢字は「咲奈」だと思っていたそうです。ですが、実際に役所に出された名前は「咲凪」だった。「凪」、なぐという字が入っていたので、佐々木さんは生贄に選ばれた、とのことでした。


 でも、この話、何か違和感がありませんか?

 そもそも、神様と結ぶ約束のルールを、人間が勝手に決められるのでしょうか?明治以降、生贄を出さないようにと船長は言っていましたが、結果的に死者はで続けています。

 佐々木さんは運が悪かっただけなのでしょうか。咲凪という名前が付いたのは、本当に偶然なのでしょうか。


 石塚さんは、佐々木さんのお葬式に参加したそうです。そこには船長をはじめ、漁船に乗っていた全員が揃っていました。

 佐々木さんの弟さんが喪主、その横に奥さんがいます。その奥さんが、船長と話しています。その時石塚さんは、確かに奥さんが船長に「お父さん」というのを聞きました。

 もし、サキナちゃんの名前を「咲凪」にさせたのが船長だったとしたら。

 佐々木さんは本人の知らないところで生贄にされるために船に乗せられたことにならないでしょうか。


 石塚さんは今ではその時に出会った船長の元で、船員兼通訳として働くようになったそうです。今ではバイトを募集する側として、面接も担当しているとのことでした。

「佐々木さん以降、海に落ちちゃった人はいるの?」って聞いてみたら、石塚さんしばらく無言になった後

「落ちた人はいないよ」って言ってました。


 船長たちが信じる海の神様は、今でも生贄を求めているのでしょうか。


(補足:石塚さん、もしこの投稿を見てましたら、この話の話者が誰なのかご連絡頂けますと幸いです。


 2週目を聞いていて、だんだんとわかってきた事があります。

 多分、今彼の部屋にいるのは、一人だけ…?)


【少し間があり、次の話へ】

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