第21話【治験のバイト】Fさんの語り(UMA)

 これは俺がめちゃくちゃ金に困ってた20代の時の話。

 家賃も払えなくて半分ホームレスみたいな感じだったから、やってたバイトのほとんどは住み込みのやつでね。工事現場とかはまだマシな方で、よくわかんない宗教施設とか、事故物件に住むとかもやっててね。

 ほとんどの所は、今「100万円やるから行け」って言われたら、多少のめんどくささはあるけど行けると思うわ。200万なら、ぜひ行かせてくださいって感じ。


 でも、300万積まれても、あんまり行きたくない場所が一箇所ある。

 それは治験のバイトでね。試作段階の薬を人間で試して、異常が出ないかどうか確かめるやつね。一般的には時給がいいバイトと思われがちだけど、実際は12時間で1万とかだし、事前に細かい血液検査とか健康診断受けなきゃ行けないから、結構めんどくさいんだよね。

 でもまぁ内容によっては、そのまま施設に宿泊できたりするから、俺は割とやってたね。おんなじような境遇なのか、施設で治験してる顔見知りみたいなやつもいてね。


 で、ある日治験バイトの応募で、「10日間8万、食事宿泊有り」って内容が出たの。その時はネカフェで寝泊まりしてたから、すぐ応募したね。金のためってよりは、無料で食事と寝れる場所があるのが大きかった。検査に行ったらやっぱり顔見知りが何人かいてね。いつも通り健康体ってことで、宿泊が始まった。


 いつもは大きな研究施設みたいなところにそのまま泊まるんだけど、その時はバスに乗せられてね。カーテンが閉まってるから外も見えない。今みたいにスマホにGPSが付いてないから場所もわからない。よく考えらば拉致だよね。でも、その時は「やっとベッドで寝れる」くらいにしか思ってなかったね。


 ずいぶん長くバスに乗ってたね。途中休憩も無かったな。何度も寝て起きて、ようやくバスから降りたら、屋内駐車場で、周りはシャッターが閉まってた。ずいぶん物々しかったから、俺はすぐにわかったの。ここは軍事施設だって。宗教施設とかはお金が無いから、外が見えないように使うのはカーテンとかポスターだったし、刑務所より遥かに廊下とか出入り口が大きかったからね。もちろん基地の名前とかは書いてないよ?でも、俺はなんとなく、「細菌兵器の実験でもするのかな」と思ったわけ。


 宿泊部屋も、いつもは4人で一部屋とかなんだけど、シャワー付きの個室が用意されててね。トイレ共同はいつもと変わらないんだけど、部屋にテレビが付いてたのは初めてだった。電源入れたらテレビ番組は映らないけど、ビデオデッキがついててね。ラックに何本か映画とかドラマとか、アダルト物まで置いてあってね。部屋にいるときはずっとそれを見てたね。で、テレビ見てたら、急にドアが開いて白衣の人たちが来てね。

「今から血液採集した後に投薬するから」って言われて部屋から出された。


 彼らについていくと、大部屋にずらっとベッドが並べられてて、先に来てた奴らがそこに寝て、献血ってこういう感じなのかな。寝そべった姿勢で点滴打たれながら血液も抜かれてた。俺もその一人でね。全部で15人いたね。みんな男だった。みんな何も言わずに血を抜かれたよ。

 しばらくして、白衣の人たちが点滴の方に薬を入れてた。別に眠くなるとかも無いけど、なんの薬か言われないのは少し気になったな。副作用の説明も無かった。まぁ10日間も面倒見てくれるんだから、多少何かあっても大丈夫だろうとは思ってたけどね。


 2時間くらい寝かされた後、両腕の管が抜かれて、部屋に帰れって言われた。その後またみんなで別の大部屋に移されて、白衣の奴らに見守られながら食事をして、また部屋に戻されて。しばらくしたらまた採血。部屋。食事。部屋。採血。その繰り返しでね。その時気づいたけど、どの部屋にも時計が無くて、今何時かとかがわかんないんだよ。たまーに同じ治験仲間と、今が午前か午後かみたいな話をするんだけど、全然わかんない。だんだん今食べてるのが朝ごはんなのか昼ごはんなのかもわからなくなってきてね。それが食事のメニューが全然変わり映えしないからさ。いつもなんかエネルギーバーっていうの?なんか細いパサパサしたやつ3本と、よくわかんないピンク色のドリンク。正直、こっちの方が薬なんじゃ無いかと思うくらい味気なくてさ。なんの説明も無かったけどね。刑務所の中いた時の方がいい物食べてたよほんとに。

 しかも、白衣の人たちに「これは朝ごはんですか?」って聞いても「いや、5回目の食事です」とかしか言われなくて。


 人間、毎日おんなじことばっかりさせられたり、時間感覚がわからなくなるとストレスが溜まってくるんだね。15人が大部屋で食事するんだけど、そのうちの一人が突然大声で喚き出してね。

「帰せ!」とか「ここから出せ!」みたいなこと喚いててさ。そのまま白衣の人たちに羽交締めにされて連れ出されてたよ。それ以降、献血も14人、食事も14人になったから、その人は帰らされたのかな。よくわかんねぇや。


 トイレは共同だから、部屋からは出れるんだけど、部屋とトイレを結んでる廊下からは出れないんだよね。そこを通るのは食事か献血の時かどっちか。それ以外は鍵が閉まっててさ。


 何日経ったかとはもうわからないんだけど、俺はあんまり人と話さなくても平気な方だから、部屋にあるビデオずっと見てるだけで特に不満は無かったんだけど、他の奴らは違ったみたいでさ。部屋からトイレに続く廊下に集まって立ち話したり、誰かの部屋に集まってたんだよね。彼らは結構今の待遇に不満があるらしくてさ。「実験動物だ」とか「生きて帰れるのか」とか言ってたね。

 俺からしてみれば、屋根のあるところで死ねるならラッキーだと思ってたから、最期にうまいもん食べたいなくらいしか感じなかったわ。特に体調が崩れるわけでも無かったし、できるんだったら一生この生活でもいいと思ってたよ。


 いつぐらいだろう。19?20?回目の食事の後、部屋に入る時にさ、いつも集まってるメンバーの一人から話しかけられたんだよ。

「今日、廊下の外に出てみるけど一緒にくるか」って言われてさ。

「どうやって出るの?」って聞いたら、鍵を盗んだ奴がいるらしくてさ。

 まぁ正直、治験のバイトするくらいだから金に困ってたり、多少やばいやつも普通にいるんだよね。ガッツリ刺青入ってるやつもいれば、明らかに精神とか頭に異常がありそうなやつもね。だから、その時いたメンバーの中にスリかなんかがいたんだろうね。


「俺はビデオ見てるからいいや」って言ったら、いきなり足を蹴られてね、誰にも言うなよって言われた。腹立ったから次の献血の時に白衣の人に言いつけてやったよ。相手も全然慌ててなくて「あ、そうなんですか」くらいのリアクションだった。きっと良くあるんだろうね脱走まがいのことが。

 次の献血のタイミングで、ベッドが6つ減ってたね。捕まったのか帰らされたのか。その後の食事も8人でしたよ。顔見知りもまだいてね。別に会話もしないから名前も知らないけどね。


 体調に異常は一切無かったよ。静かにしてれば新しいビデオもくれたしさ。本当に毎日心穏やかに生きてた。時間の感覚なんて無くなってたけど、ほとんど治験して飯食って寝るしかしてなかったから、その時は人生で一番楽しい時間を過ごしてた気がする。飯がもっと美味しければなって感じだけどね。


 でも人生はそんなうまくいかないもんでね。

 ある日、って言ってももういつかわかんないけど、8人で食事してたら、急に廊下から「ブーブー」って警報音が鳴ってね。よくドラマとかであるさ、「何番事故発生!何番事故発生!各員持ち場につけ」みたいなコールが流れてるの。扉が開いて白衣の奴が、いつもは複数人いるのにその時は一人で部屋に飛び込んできてさ。

「私についてきてください!」って言われて。避難するか個室に戻されるかと思ってたんだけど、その人が廊下走ってる人と逆方向に向かってくんだよ。周り走ってる人は、明らかに避難してるというか、必死に何かから逃げてる感じなのね。うちらは初めて通るような通路を進んでくんだけど、ひょっとしたら事故ってる現場に近づいてるんじゃ無いかなと思ってたよ。


 火事とかガス漏れとかだったら、俺らなんてクソの役にも立たないじゃん?おいおいどこ行くんだよと思ってたら、周り走ってた人たちがいつの間にかいなくなっててね。廊下にサイレンだけが響いてる。

 廊下自体は広いんだけど、いろんなところが曲がってるし十字路は多いしで、いよいよ軍事施設だなって思ったね。ひょっとしたら俺ら表に出せない薬の研究させられてたのかなって。


 で、白衣の人についてって廊下曲がったらさ、そこから先は電気が消えてて真っ暗なんだよ。でも、その暗闇の中に何かがいるのは見えた。人の顔の高さに目が二つ光ってたからね。

 それを見た瞬間、白衣の職員が「あっ」って言って動きを止めたんだよ。

 あ、これはまずいのかなと思って、俺はゆっくり後ずさりした。そもそも怪しいと思って最後尾にいたから、誰にも気が付かれなかったけどね。


 暗闇の中から、緑色の、治療服っていうの?なんか病院とかで患者が着てるやつ。あれを着た男がヌッと出てきた。なんですぐ男かって気がついたかというと、前に俺に脱走を持ちかけて、断ったら足を蹴った奴だったからね。

 そいつがね、口の周り血だらけにして、治療服にも血が垂れててね。裸足で歩いて来るの。目はうつろでさ。うわ、こいつ血吐いてんのかと思ったんだけど、よく見たら、誰か知らん奴の首から上しかない頭を右手に持ってた。その首は白目向いてて、舌がダラーンと口から垂れててね。でも頬の筋肉がビクビク痙攣してた。それは見たことない奴の頭だったと思うけど、血まみれだったし正直よくわかんなかったね。


 首にびびって、なんだこれって思った瞬間、その男が白衣の職員にバッと飛びかかってきた。5メートルくらい離れてたのに、助走も無しに一瞬で飛びついてさ。職員ごとバタって倒れたかと思うと、そいつが職員の首にガブーって噛み付いたんだよね。

 職員の白衣がブワーっと飛んだ血で真っ赤に染まってさ。すっごい悲鳴あげてるのに、男は噛むのやめないんだよね。


 俺はかなりびっくりしてたんだけど、なんか目線感じて真っ暗な廊下の奥を見た瞬間、来た道を走って戻り始めたよ。だってさ、真っ暗な廊下の奥に、さっき見たような目の光が何個も見えたからね。

 後ろからたくさんの人の悲鳴が聞こえたよ。「うわー」とか「ぎゃー」とか。俺は運動神経がいい方じゃないけど、その時ばかりは生まれて初めて全力疾走したね。でもすぐ俺の背後からペタッペタッって裸足の足が追いかけてくる音がしてた。それも一人じゃ無かったと思うよ。こっちも必死だから後ろ振り向けなかったけど。


 そうしたら目の前に黒い服きてサングラスした、特殊部隊みたいな奴らがずらっと並んでてさ。手に筒持ってんの。でこっち向けて構えてるんだよね。

 俺は、あ、ここで撃たれて終わるんだと思った。よくわからん奴らと一緒に射殺されるんだって。

 案の定、特殊部隊の後ろから「撃て!」って声がして、バッと目の前が明るくなった。あまりに強い光で目を押さえながら転んじゃってさ。肘を地面にガツーってぶつけてめっちゃ痛かったよ。

 でも、肘が痛いってことは、まだ生きてるんだなと思って。それに、銃声もしないし光も消えた感じがしないんだよね。


 なんだ?と思ってたら、廊下の奥から「ギエエエエ」って複数人の悲鳴が聞こえてさ。あ、打ってるんだ。でもやっぱり銃声はしないし、何?って思ってたら、俺の服の首元を誰かが握って特殊部隊の方に引きずられていった。

 耳元で「目を開けるな」って言われたから、急いで目を開けたら、目の前に真っ黒なヘルメットとサングラス、マスクをした特殊部隊の人がいてさ。

 悲鳴の方振り返ったら、やっぱり銃声はしないんだけど、廊下がすっごく明るく照らされてて。まるで懐中電灯を一斉に着けたみたいな感じなんだよね。

 その奥に、人形みたいな影がいくつか蠢いててさ。なんか光に当てられて苦しんでるんだよ。もう悲鳴とかもあげてなくてさ。ビクビクしてるやつの一体が、腕をこっちに差し出したら、根本からぼろっと落ちたんだよ。まるで、砂で作った人形が壊れる感じかな。


 また耳元で「見るな!」って声がして、手袋付きの手で目を覆われちゃった。そのまままた引きずられて、しばらく行ったところで「あっちに走れ」って言われて解放されたんだよ。

 何回か廊下曲がったっぽいから、もう他の人たちはいなくてさ。しょうがないから指示された通りに走ってったら、また白衣を着た人たちが何人かいて、そのまま捕まっちゃった。チラッと避難してきた人たちの姿が見えたけど、かなり外国人が多かったから、ひょっとしたら自衛隊の基地じゃなかったのかも知れないね。


 で、今度は個室じゃなくて独房みたいな部屋に入れられてさ。何人も白衣の職員が来て、100万やるから今日見たものを公表するなって言われたわけ。まぁ誰かに言ってもどうせ信じて貰えないし、それでオッケーしたよ。薬についても、治験仲間についても一切聞かなかった。知っちゃった方がなんかやばそうだしね。


 帰る時は、目隠しされたまま車に乗せられて、新宿駅前で下されたよ。途中寝てたから、やっぱり何時間乗ってたかわからなかったけど。久しぶりの日光がすっごい眩しくて、しばらく頭がクラクラしてた。


 結局あれは何だったんだろうね。個人的には、吸血鬼っぽかったなと思うよ。首元に飛びついたり、身体能力高かったり、光で死んでたりね。

 そうすると、俺らは一体なんの薬の検査させられてたのかな。あの男みたいに変になっちゃったわけでもないけど、俺らの血は奴らの餌だったのかも知れないね。

 その後も体調不良とかはなくて、また何回か治験のバイトはしてるよ。でも、もう10日間拘束の募集は見かけなくなったな。


 俺は結果的に助かっちゃってるからさ。300万じゃもうやらないけど、500万くれるなら、ちょっと考えちゃうよ。


【少し間があり、次の話へ】

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