第19話【極道とお化け】Dさんの語り(心霊/人怖)

 映像制作会社に勤める小倉さんから聞いた話なんですけど。


 小倉さんのいる会社は、イベントの撮影してそれを編集までするのが仕事の所で。わかりやすいのだと結婚式とか、小学校の運動会とかそういうのです。マニアックなのだと、会社の株主総会とか社員旅行とかもあるみたいです。

 あまり大きい会社じゃないので、かなりグレーな会社さんからも仕事受注してたみたいで、明らかに半グレしかいない会社のバーベキューとか、野球大会とかそういうのも撮影してたらしいですね。


 で、彼らのところにある会社、いや、ある「組」から、研修用ビデオを作って欲しいという依頼が来たと。それが何かっていうと、まぁ、「極道の新人教育用マニュアル」の作成だったんですよね。

 中堅のヤクザと一緒に行動してその様子を撮影して、若手がそれを見て、みかじめ料の受け取り方や、他人の脅し方を勉強するような内容の映像を作る。ほぼリアルVシネを作って欲しいという発注が来たそうです。

 完全に犯罪なんですよ。撮影内容が。でも、映画好きな会長の一声で制作が決定して、小倉さんの会社にそれが発注されたと。


 今までそういった方達とお付き合いしてきて、別に料金未払いも無かったし、嫌な思いはしなかったらしいんですけど、今回ばかりは流石に…って断ろうとしたら、偉い人からの指令だったってことなんでしょうね。破格のオファーが来てしまったと。それこそ、この金額振り込まれれば三ヶ月は会社は安泰だっていう額だったそうです。


 断る方が怖いし、じゃぁもうやろうと。撮影に行くのは会社から一人だけ。何かあったらその人が責任を取るけど、特別ボーナスが出る、というので小倉さんは「自分もVシネ好きなんで」ってことで、その仕事を担当することになったそうです。


 朝、指定された事務所にカメラ持って行くとね、黒服スーツにずらっと取り囲まれちゃってね。生きた心地しないなーと思ったら、黒服の一人から、今日は会長が事務所にいらっしゃってて、そのお言葉を撮影しろって言われたんですね。

 でっかい部屋に通されて、もう見たことないような装飾、虎の頭とか、よくわかんない旗とか、「○○会」「○○組」って達筆に書かれた紙が豪華な額縁に入れられてるとか、コンセプトも何もないんですけど、かえってそれが物々しい。


 その部屋に、さっき話た黒服を何人も引き連れたような、そこそこ偉そうな人たちが何人も入ってくるんですって。その様子撮影してたら、部屋に入ってきたガタイのいいおっさんが急に小倉さんに向かって

「誰だてめえは!!!」って怒鳴りながら近づいてきたんですって。

 周りの黒服がその人に何か耳打ちしたら、その人急に笑顔になって「おじきは面白いこと考えるなぁ」って言いながら、すまなかったって3万円をその場で手渡してくれたそうです。


 で、部屋いっぱいが中堅ヤクザだらけになったと。キレーに正面に置いてある大きなソファーに向かって整列しているらしいんですね。

 突然物々しい、多分その組の歌なんでしょうね。校歌みたいな「我らーホニャララ会!」みたいな音楽が流れ始めて。サビの部分で、黒い紋付きを着て、金色のネックレスじゃらじゃらつけて、バリっバリ髪の毛をセットしてサングラスした会長が入ってきた。


 どう考えても笑っちゃうんですけど、その場は真剣そのもの。でも全部が芝居がかってて、ほぼコントみたいだったらしいんですよね。その時小倉さんは「笑ったら殺される!」って緊張感がすごかったらしいですけど。

 で、会長のありがたい話が始まるんですね。それがとにかく長い。カメラを意識してのことだと思うんですけど、15分くらい、仁義とは、ヤクザとは、正義とは何かを話してたらしいんですね。絶対に編集で削れないし、そもそもテロップとか入れていいのかな…?と思ってたら、会長が

「今日はカメラが撮影に来ている」って言い出して。

「おい!元宮!」

 って誰か呼ぶんですよね。で、これまたガタイのいい、顔もイカつい、いかにもなヤクザが

「はい!!」って返事して。

「お前にこのカメラマンつけるからな。菅原文太とは言わねえが、千葉真一くらいの働きはしてくれ」って会長が言って、会場が爆笑するという謎の流れがあって。

 で、その会が終わったと。


 小倉さんは、まずは挨拶だと思って元宮さんの所行って。

「小倉です。よろしくお願いします」って言ったら、

 さっきまで笑顔で談笑してた元宮さんが急にギロっとサングラスの奥から小倉さん睨んでね。背も高いし、顔もそこそこイケメンなのに覇気というか、オーラがすごいんですってヤクザの。その元宮さんが

「邪魔だけはするなよ」って言って、また談笑に戻って行った。

 こわー、もう絶対やだけど、金のためだ…!て思って、小倉さんは元宮さんと一ヶ月ほど行動を共にすることになったらしいんですね。


 最初の一週間は、ほぼ事務所に監禁されてたそうです。そりゃヤクザもカメラマンに見せられない仕事してるから、事務所の日常風景くらいしか見せられないんですね。

 それでも、「お前カメラ持ってしばらくトイレこもってろ」とか「今から1時間くらい駐車場で待ってろ。事務所には入るな」みたいなことも何回かあって。


 どうしたもんかなって悩んだ結果、小倉さんは彼らが買えないようなスイーツ系のお菓子とか、組員でなくても、そのお子さんが好きそうなものいっぱい買って行くようにしたんですって。

 そうしたら、普段お菓子屋さんとか入れない人たちだからすごく喜んでくれて。

「うちの子供にあげるわ!」みたいな会話をきっかけに、組員の人たちと徐々に関係値を縮めていったそうです。

 元宮さんも最初は全然反応してくれなかったけど、組員の人と小倉さんの関係が徐々に打ち解けてからは、事務所でちょっと会話したり、お昼ご飯一緒に行けるようになったそうです。


 2週目くらいからは、車に乗せられて外回りとかについて行けるようになったと。ほとんど「お前は車にいろ」って言われて、しばらくすると車から降ろされてボッコボコに殴られた男が倒れてるのを撮影するといった、まぁ半分以上犯罪の現場を撮影させられてたんですね。

 でも、それでびびってちゃいけいないっていう感じになってきちゃってて。小倉さんも。もっと過激でやばい映像取らないと、元宮さんの仲間になれないし、何より映像が完成させられない!という、謎のクリエイター精神が出てきちゃって、頑張って現場について行ってたらしいんです。


 だんだんと、人が素手で殴られるのは当たり前に撮影するようになってきて、鉄パイプとか金槌使い出すと本気モード。男性の親指と人差し指の間を、元宮さんがナイフで割いているのも見たそうです。

「こうするとな、物掴めなくてやべーんだよ」っていう元宮さんに、小倉さんはヘラヘラ笑うしかなかったそうです。多分いきなり見たら拒否反応すごいんでしょうけど、何日も一緒にいるから、感覚が元宮さんの舎弟と一緒になってきちゃって。元宮さんや、組に迷惑をかける奴は許せない!暴力でわからせるしかないって思うようになっちゃってたそうです。


 3週もすると、ほとんどの現場に一緒に行けるようになって。キャバクラとかに行ってオーナーからお金もらったり、風俗行ったら無料で女の子紹介してもらったり、かなりいい思いはできたらしいんですけど。それと同時にチンピラを一緒に殴らされたり、嫌がる女の子説得してAV出演の同意書にサインさせたり、今考えるとかなりひどいこともしてたと。

 小倉さんは会社にもほとんど入らなくなって、ずっとヤクザ、特に元宮さんと一緒にいたみたいです。


 すっかり組員たちと仲良くなって、元宮さんの舎弟たちも含めてみんなで事務所で酒飲んでる時に、元宮さんがふと

「一生に一度しか見れない物、見せてやろうか」って言ってきて。

 なんですか?って聞いたら「人殺して埋めるんだよ」って。

 流石にね、小倉さんもこれは悩んだらしいです。でも、断ったらもう次は無いなと思ったので、「撮影できるところまでは一緒にいさせてください!」って行って、夜に車乗って、山奥の廃墟行ったらしいんですよ。


 多分、ホテルの廃墟なんでしょうね。普通だったら来ないような山道をずっと登ったところに、すっごい古臭い建物が立ってて。そこに不釣り合いな車がすでに2、3台止まってるんですって。小倉さんと元宮さんが降りると、廃墟の前で待ってたチンピラが「うっす」って頭下げて。元宮さんは、勝手知ったるという感じで、どんどん建物の奥に入っていくんですね。


 で、おそらく大浴場だったであろう場所についた。洗面台がずらっと並んでて、奥の方に大きな湯船が見える。今はもう流石に水も張ってないけど、いろんな所に水たまりがあって歩くたびにパシャパシャ水が跳ねる。しかも外からの風がそのまま入ってきてめちゃくちゃ寒い。


 その湯船の中に、裸の男が猿轡して手足縛られてうずくまってるんですよ。周りには5人くらい、街で会っても避けて歩くだろうなって人が金属バットとか持って立っててね。

 元宮さんが、カメラ構えてる小倉さんの方見て言うんですよ。

「こいつね、事務所の金200万持ち逃げしてね。競馬で負けて返せないから死ぬんだよ」って。

 男の耳掴んで引っ張り上げて、「お前の命は200万だからさぁ!」って言って笑ってるんですよ。周りのチンピラも笑ってるんですね。

 でも、男の人はメソメソずっと泣いてるんです。口に布咥えてるから、「ォオオオーー」みたいな声しか出せないらしいんですけど。カメラ越しに小倉さん、その人と目が合っちゃって、ハッと我に返っちゃったらしいんですよね。


「あ、俺いま踏み込んじゃいけない場所にいるわ」って。こんなの撮影しても、絶対に編集で使えるわけないのに、ノリでとんでも無い所にいるって思った瞬間、鳥肌がゾワって立って。

 だってそうでしょ。こんな現場、他人に漏らしでもしたら即逮捕ですよ。逮捕ならいいけど、元宮さんにバレたら、逮捕より先に、自分が裸で廃墟のホテルに拉致られるかもしれないんですよ。


 で、もう小倉さんはこれから殺されるだろう男性を直視できないから、カメラをサッと上げたんですって。そうしたら、外は多分露天風呂があったのかなって感じで。窓ガラスが割れてるんですけど、その向こうにまた湯船が見えて、その奥は鬱蒼とした森になってる。明かりはチンピラたちが持ってる懐中電灯だけで、そのほとんどは室内に向けられてるから、外は暗くて全然見えないんだけど、その外の浴槽にね、裸の人間が5、6人立ってたんですって。男女混合で、特に何をするでもなく、口をぼんやり開けて、突っ立ってこっち見てるんですって。


 小倉さんそっちも怖くて。え!?外めっちゃ寒いのに裸?いや、そもそもあれ生きてる人間!?

 体がガタガタ音立てて震え始めて。カメラがブレブレなんですね。そうしたら元宮さんは

「お、お前は外のやつ見えるのか!そうかそうか、そりゃ怖いよな!」って。

「な、なんなんですか外のあの…」

「あーあれはな、ずっといるんだよあそこに。近寄っても反応しないんだけどな。ずっといるっぽいの。見えない奴もいるんだけど、そうか。小倉は見えるのか。じゃ怖いよな」

 ずっといる?見える?じゃあれは人間じゃないの?


 そう思ってたら、元宮さんが裸の男の首持って、外にグイッと向けてね

「お前はなんか見えるの?どう?」って聞いてるんですよ。

 男の人、喋れてないんですけど、「んーんー」言いながら必死に頷いてるんですよね。

「あ、見えるの。よかった。じゃこのままでいいや」

 って言って、元宮さん、周りのチンピラ引き連れて、男を浴槽に放置したまま帰っていくんですよ。小倉さんはもう訳はわからないけど、一刻も早くここを出たいから、急いでみんなについてってね。


 元宮さんが「じゃ、お前らは朝に処理しとけや」って言って、乗ってきた車に戻っていく。小倉さんもそれについて車乗るんですよね。

 さっきの男を殺すって言ってたけど、一人で放置してきただけで、寒いだろうけどどうなんだろう、それで死ぬのかなって思ってたら、元宮さんがニヤニヤしながらこっち見てるんですよ。

「聞きたい?聞きたい?」って笑顔で聞いてくるから、小倉さんも、まだ腰に力入らないんですけど、スッカスカの声で「あ、聞きたいです」って答えて。

 そうしたら、元宮さんが歯を剥き出して笑いながら、語ってくれたらしいんですよ。


 あそこはやっぱりホテルの廃墟でね。人もほとんど来ないけど、一応まだ蛇口ひねると水は出ると。で、人を殺したらまず血抜きをしないと、埋めても沈めてもすぐ見つかっちゃうらしいんですね。だから、死んだら浴槽で首を切って血を全部流さなきゃいけない。だからまだ水が出る廃墟を使うんだと。

 でも返り血浴びたりとか、最後の反抗で怪我しそうになることもあって、効率のいい殺し方無いかなと思ってたら、ここの廃墟にはお化けが出るって噂があって。実際、チンピラも、殺される奴も、浴室の外見て泣き出したり叫び出したりする人がいるんですって。元宮さんには全く見えないらしいんですけどね。


 で、お化けが見える人は、一晩あの浴室に放置すると、だいたい朝にはショック死してる。手を直接下してないから、服を着せてそこら辺に転がしとけば、死体は事故とか病気で処理されるから、警察に捕まるリスクが低い。だから、あそこでお化けを見せて、見えれば放置。見えなければその場で殺して裏の山に埋めてるって話でした。


「俺見えないんだけどさ、やっぱり怖いもんなの?」

「はい、めちゃくちゃ怖かったです…」

「へー、俺とどっちが怖い?」

 究極の質問ですよね。笑顔のヤクザと、一晩一緒にいたら死ぬ幽霊。どっちも二度とごめんだと思いながら小倉さんは、

「元宮さんですね。元宮さんと一緒にいれば、幽霊も怖く無いですから」って言ったらしいです。

 元宮さんすっごい上機嫌で「お前はそういうこと言ってくれるからいいわ」って、タバコ吸いながら鼻歌歌ってたそうです。


 なんとかその後の日常の撮影も終えて会社に帰ってきて。もう使えない映像ばっかりなんですよ。改めて見直したら。暴力、恫喝、脅迫、詐欺、もう完全にアウトだと。なんとかかっこいい感じというか、ヤクザの仁義に反しないようなストーリーを作ってね。やられたからやり返してるんだ。これが正しいんだって展開で映像繋いで行ったんですって。要所要所で会長のスピーチを入れ混ぜながらね。


 映像自体は○○組の人たちから評判すっごいよかったらしいんですよ。今でもその映像、ある事務所に行くとDVDあるらしいですよ。小倉さんたちも特別ボーナスとかで追加でお金もらえたので、会社的にもウハウハでね。ただ続編の制作はお断りしたらしいです。部外者が簡単に踏み込んではいけない、「漢の世界」を素人が映像で表現しきれない、みたいなこと言って逃げ切ったらしいです。


 ここまで聞くと、純粋に、ホテルの映像はどうだったのか気になるじゃ無いですか。幽霊が写ってるのか。そもそも裸の男はどうなったのか。


 結果から言うと、小倉さんは、その男はどうなったかは知らないと。その後の話も特に元宮さんから聞かなかったと。

 元宮さんは、今は行方不明らしいです。撮影のすぐ後はちょいちょい連絡取り合ってたみたいなんですけど、組の抗争とかに巻き込まれて姿くらまして以降、誰も連絡取れないそうです。


 で、例の映像。一応編集の時見たらしいんですよね。もうホテルに入る前から緊張してたのか、映像ブレブレで。浴室ももう被写体なんてまともに画面の真ん中に写ってない。コマ送りにしてなんとか、あぁ、裸の人が手足縛られて床に転がってるなってわかるレベルなんです。

 で、カメラが外にサッて向いた時に、普通に写ってたんですって。お化け。裸で、男4人女1人が、外の露天風呂の方から割れたガラス越しにじーっとこっち見てるんですって。口あけて。無表情で。

 映像見ただけでも発狂しそうなのに、こんなのと一晩一緒に居たら、そりゃ死んじゃうよなぁって、小倉さんは思ってたそうです。


「まじな衝撃映像なんだけど、絶対テレビには売れないんだよなぁ。俺が死ぬ時に、ネットにアップしてやろうかな」って小倉さん言ってました。

 自分としては、そんな体験をしても今なお同じ会社で、いろんな映像を撮ってる小倉さんもめっちゃ気持ち悪いなと思ってます。


(補足:小倉さん、もしこの投稿を見てましたら、この話の話者が誰なのかをご連絡頂けますと幸いです)


【少し間があり、次の話へ】

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