第3話【外せない手袋】Cさんの語り(人怖)
じゃ、次は私ですね。
(補足:女性の声!彼、女の人の友達なんて私以外にいたんだ。正直驚きです。声からだとちょっと年齢はわかりませんが…多分30才手前くらい?三人目なので仮にCさんとしておく)
増田さんはいつも手袋をしている女性でした。夏の暑い日も、仕事中も絶対に手袋を外しません。
その手袋は、例えば薄い絹製の手触りのいいものとかではなくて、ちょっとグローブみたいというか、ゴツゴツしていてスマホをいじるにもとても邪魔そうなやつで。会社のキーボードも、正直普通の人以下のスピードでしか打ち込めない感じでした。
性格は普通というか、手袋さえしていなければ悪目立ちもしない、普通の方だったと思います。ただやっぱり、ちょっと話しかけ難いオーラはありましたね。口調も結構さばさばしてましたし。
最初は同僚と「火傷の後でもあるのかな」なんて話をしてましたが、どうやら課長は増田さんの手袋を良く思ってなかったらしく、大きな案件が終わった打ち上げの席でお酒の勢いもあってか、増田さんに「いい加減こんな席では手袋を取らないか。取れない理由があるのか」と少し厳しい口調で詰め寄りました。
ちょっとパワハラじみてますが、私たちも増田さんの手袋が気になってましたし…。増田さんの様子を伺っていました。
すると増田さんはいつもの口調で「あぁ、私、手触りがダメなんですよ」って言いました。
手触り?スゴく手の皮膚が弱いとか?私が増田さんに訪ねると、それは違ったみたいです。
「私、直接手で物に触るのが苦手で…。その、潔癖とかじゃないんですけど…」
これはその時増田さんがしてくれた話です。
小学生の時だった。
学校の授業でプールを泳いでいると、水中で手のひらが何かに触れた。
少しすべすべしているがその奥に潜むベットリした油のようなイヤらしさ、人肌より少し冷たいような独特の生暖かさ、指先が仄かに感じとるぼつぼつとした小さなイボ。
それは同級生の、男の子の背中だった。
「うひゃっ!」と彼は叫んでそのまま泳いでいく。
一人取り残された私には、手のひらにこびりつくように彼の、人間の背中の皮膚の感触が残った。
それ以降、何を触るにも気持ちが悪くなった。
ドアノブ、携帯電話、シャーペン、トイレットペーパー。
何に触れてもあの時触れた、肉の弾力感、少しざらっとして引っ掛かるような手ざわり、内側に感じるじっとりした生暖かさ。
気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い!
特に触れたくないのは自分の体だった。
洗顔の時、お風呂の時、ちょっとしたタイミングでどんなに気を付けていても自分に触れなければ生きていけない。
そして、自分の体に手が触れた時に感じる、「自分の体は肉に包まれている」という実感。肌の下に広がる油、血、肉、鼓動。全てが手を通して伝わり、背筋を凍らせる。
毎日、極力手をパーにして、物に触れないように生活した。さすがに母親に見とがめられ、皮膚科に連れていかれ、塗り薬を処方されたりしたが、それでも触感の気持ち悪さは止まらなかった。
これではまるで手が「閉じることの出来ない目」であるような。見たくないものから目を背けられず、じっと見要らなければならない不快感。
この呪縛は一生続く…。
そんなある日、父親が手袋を買ってきた。薄い、貴婦人とかがするような綺麗な刺繍の入った手袋。
恐る恐る手を入れると、まるで壊れたスマホの電源を強制的に落としたような安心感が訪れた。
これは瞼だ。閉じれない目を強制的に覆う、私の盾だ。
それ以降、より分厚い、絶対に指先と手のひらに触れたものの感覚が伝わらない手袋をはめ続けている。
話し終わる頃には、みんなが真剣に増田さんの話を聞いていました。何故かはわかりませんが、私もお酒の入ったジョッキを握るのが気持ち悪くなって…。なんとなくハンカチで手についた水滴を拭き取ったのを覚えています。
その時に仄かに感じる、手のひらから伝わる熱さ。血流。細かいシワで、でこぼことした自分の手のひらを見ると、それはまるで自分の体ではなく、自分の骨にへばりついた他人の肉の欠片のように思えてきました。
私は自分の体に特にコンプレックスはありません。でも、手のひらが、日常生活で一番使う部分が自分の物で無かったとしたら、なんて気持ち悪いんだろう。そう思いました。
でも…。
課長はお酒に酔っていたんでしょう。「そんなの気持ちの問題だ!いいから手袋を取れ!」と声を大きくして騒ぎだしまして…。
増田さんは最初は抵抗していたと思います。でも、クビだとか、仕事ができないとか…。多分、今までの人生でもずっと言われてきたんでしょう。今が社会人ですから、小学校の時から考えると10年以上手袋をして生活してきたら、それは色々なことを言われてきたと思います。
そのうち観念したと言うように増田さんは頭を垂れて…。
ゆっくりと手袋を外し始めました。その時の彼女の表情は、課長への怒りや同僚に注目されることの恥ずかしさではなく、ある種の恐怖に直面して逃げられないような、とても怯えた顔をしていました。
ゆっくりと右手の手袋が外されていきます。恐らく、お風呂の時もほとんど取らないのか、肌が見えてくるにつれ少し強い匂い、何日も剥がしてない絆創膏のような匂いが飲み屋のテーブルに漂いました。スススッと手袋がずれ、滅多に日の当たらない真っ白な皮膚が姿を表します。
指の関節が見え始め、とうとう増田さんの手が現れました。
それは手首から上にかけての色とは全くことなり、まるで白木のように真っ白で血の気が無く、指も細く繊細で、ちょっとでも動かしたら折れてしまいそうな、そんな傷一つ無いガラス細工のような手でした。
増田さんが震える右手をじっと見つめます。まるでそこに何故手があるのか、突然生えてきたんじゃないかといった様子で。
突然課長が「ほら、何もないじゃないか」と増田さんの右手を握手のように掴みました。
その瞬間、増田さんの口から、肺の空気が全て出てしまうんじゃないかと思うくらい高い、そして長い悲鳴が響きました。増田さんは顔を真っ青にして、口と目を裂けてしまうほど見開いています。そして彼女はそのまま嘔吐しました。
その日はそのまま店員さんにお店を追い出され、増田さんは一人タクシーに乗って帰りました。もちろん右手に手袋を着けなおして。そのまま彼女は会社を辞めてしまいました。
課長は飲みの席とはいえパワハラの疑いがあるとのことで、会社から厳重注意を受ける予定でしたが、正式な処分が決まる前に退職してしまいました。
それが、責任から逃げたとかそういうことではなくて…。
飲み会の翌日、私が朝少し早めに出社すると、既に課長が一人で机に向かって黙々と作業をしてらっしゃいました。
まるで大量の書類に判子を押すような「バン、バン、バン…」というリズミカルな音が課長のデスクから聞こえます。
「おはようございます。」と私は挨拶のために課長のデスク前に来ました。
課長は、仕事用のボールペンを左手に握りしめ、机の上に広げた右の手のひらめがけて振り下ろしていました。
何度もボールペンが刺さったのか、右手はグズグズに形が変わり、内側の肉が外側に裏返り、赤い血だけではなく黒い部分や白い筋のようなものが見えていました。
ボールペンが抜かれる度に机の上にあるパソコンのデスクトップや書類、そして私の顔に血が飛び散ります。
それでも課長は表情を変えずボールペンを右手に何度も何度も…。
絶句している私に課長が気がつき、静かなトーンでこう言いました。
「なんだか、右手の中に何か生暖かくて熱いものがあって気持ち悪いんだけど、全然出てこないんだよ」
すぐに救急車が呼ばれ、課長は数日後、ノイローゼで自主退職ということになりました。
私もしばらくして転職しました。
今増田さんや課長が何をしているかは知りませんが…。
彼女は自分の手を目に例えました。でも私は、彼女は閉じれない目を持っている訳ではなくて、きっときつく閉じた瞼の裏側に見える血流や涙に怯えてるんだろうなと。
外に恐怖は無いのに、内側からにじみ出る恐怖感に耐えられなくなってしまったんだと思ってます。
(補足:増田さん、もしこの投稿を見てましたら、この話の話者が誰なのかご連絡頂けますと幸いです。
それにしても、怪談会ってこんなに静かに進んでいく物なのでしょうか?一人の話が終わったら皆で感想を言いあったり、考察するんだと思っていました。
あと雑音があんまり聞こえないのも気になります。少なくとも当時は彼を合わせて四人もいるはずなのに、データからは人が動くような音がほとんど聞こえません。
お酒飲みながら話すとか言ってたのになぁ。
ちょっと気持ち悪いですね)
【少し間があり、次の話へ】
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