第22話 切り札
カトゥーロがランディと外で黄牙城攻略の作戦会議をしていたその頃、連邦軍が敗走したという報告を受けた黄牙連邦政府内には衝撃が走ります。
マルティム率いる連邦軍が敗北したという知らせは連邦政府上層部をも震撼させるには十二分だったようです。
ところが、そんな中レルム・デリンジャー総裁は連邦側が相当な劣勢にも関わらず妙に冷静な様子でいました。
実はレルムは王国軍と連邦軍が衝突する一か月ほど前、国防をディングレイ大将に任せオライオン帝国に外遊に行っていたのです。
オライオン帝国と黄牙連邦は現在は地続きではなく海で隔てられており、オライオン帝国に向かうには船舶で向かわなければなりません。
最新鋭の戦艦に搭乗し、精鋭兵数百名を引き連れオライオン帝国へと南下します。
出発から数日後、オライオン帝国北部にある港湾ヴァッサーホーフェン港に着艦すると、科学者らしき服装をした禿頭の小柄な男性と軍服を着た長身の軍人がレルムを迎えました。
「ようこそおいでなさいました、デリンジャー総裁。ご無沙汰しております」
「コーネリウス・ヨーゼフ・ハルツェンブッシュ大佐か。あの頃から随分と出世したようだ」
「これも総裁のお力添えの賜物でございますよ」
「それで数年前から着手に取り掛かっていた例の物が完成したと聞いたが本当か?」
「はい。無事に完成いたしました」
「それでそこの小男が今回のプロジェクトの責任者か」
レルムに小男と呼ばれた科学者が口を開きます。
「お初にお目にかかります総裁。生科学研究所所長、クルツ・フォン・アデナウアーです」
「ほう…では早速案内してもらおうか。生科学研究所とやらに例の物を取りに行く」
「かしこまりました。つきましてはこちらの護送車にお乗りください」
レルムは護送車に乗り込む前に黄牙連邦の精鋭兵達に戦艦で本日中は待機するように命じた後、精鋭兵数名を引き連れてコーネリウス、クルツと共に黒色の大型の鋼鉄の護送車に乗りこみます。
この護送車は20人ほど人が入れる広大なスペースと豪華な椅子に加え、側面に3組ずつある窓は外からは内部が一切見えず逆に内部からは外の様子が自由に伺える特殊な加工をされた防弾ガラス仕様、と帝国でも最高峰クラスの技術を使用した代物となっています。
「…それでどのくらいかかる?」
「1時間ほどもすれば辿り着きます。何分辺境にございまして…」
「チッ…やむを得まいか。遅滞なく、な」
「御意」
そう言うとクルツは護送車を発車させました。
ここでオライオン帝国の国土について簡単に説明すると、オライオン帝国は大きく分けて西部、北部、南部に分かれています。
西部はやや暑いながらも気候が比較的安定していて人口が最も多く、帝都ヴィーザルベルグも西部の北の方にあります。
北部は土地は険しく冬場ともなると外を出歩くことすらもままならないほどの寒さとなる一方で普段はちょうどいい気候で海岸面積も大きく漁業が栄えていることから西部に次いで人口があります。
南部は逆に非常に暑い地域である上に数々の異常気象が発生する上に植物すらろくに育たないような厳しい環境であることから土地開発については完全に放棄されています。
このため、オライオン帝国の実質的な領土は北部と西部となっており、それ故気候が安定しているイスヴァルド王国の土地を虎視眈々と狙っているのです。
護送車を発車して北部の険しい土地を進むこと1時間ほどして護送車は止まりました。
「む、どうした。いきなり止まったぞ」
「目的地に到着いたしました、しばしお待ちを」
そういうとクルツは護送車から出て、草原に立つと何やら呪文らしき言葉を唱え始めました。
「Cellus・Est・Sum. Vasser・Framme・Licht. 156427-632-7217-1667359. アビザ・ラビア・エルディアネルス…開け!デヴィジョネータ!」
すると草原にいきなり穴が開き、階段が現れました。
「こちらへ」
「手抜かりはないようだな、いい事だ」
レルムは満足そうに護送車を降りるとクルツとコーネリウスと共に草原から現れた階段を下っていきました。
階段を下りた先の研究所には数々の人間大の試験管が揃っており、その中には巨大な蝙蝠や得体の知れない生物、果てには死んだ人間までもが収められていて、青く仄暗い照明や壁にある数々の血痕も相まって相当不気味な雰囲気を醸し出しています。
レルムはその中でも一際大きい試験管に真っ先に目が行きました。
「それで、例の物はあれか」
「さようでございます」
クルツは一際大きい試験管に向かうと試験管の下にあるボタンを押し、試験管を取り外しました。
レルムは『例の物』をハンカチ越しに手に取るとそれまでの険しい表情から一転して、狂喜乱舞し始めます。
「素晴らしい…素晴らしいぞ!!これであの忌々しきイスヴァルド王国も終わりだ!!クククッ…!!ハハハハハ!!アーッハッハッハッハッハッ!!!」
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