第15話 黄牙連邦侵攻への準備
カトゥーロ一行が特別休暇中にウル要塞近辺の下町で次の戦いに向けて特訓を積み重ねていた頃、黄牙連邦では上層部はもとよりウル要塞陥落やその最中のイスヴァルド王国への奇襲作戦の失敗で国民にも動揺が走っていました。
有力者達の中にも危険を覚悟でオライオン帝国等他国への亡命を考える者もそれなりに出始めていました。
オーギュスタン中将の妻のオルフィナも幼い娘のリルと共にイスヴァルド王国への亡命の準備をしています。
「リル、行くよ。絶対ママから離れないで」
「…パパは?」
「パパは後で来るから」
「…うん」
先日オーギュスタン中将から届いた遺書を見てオルフィナは不安で溜まりませんでしたが、堪えています。
亡命がバレたら待つのは死である以上、決死の覚悟です。
黄牙連邦は領土が比較的狭く資源も少なかったため、国外へ出稼ぎで外へ行く者も多く、そのためか金稼ぎに長けた人物も数多く居て、かつて国外への影響力は相当な物でした。
中には荒稼ぎをして祖国に送金する人物もおり、そのような者達が黄牙連邦の繁栄を支えています。
レルム・デリンジャー公爵が連邦総裁になると、そういった人物やスパイ以外の人材の国外流出を制限する法律を作ったのです。
かつては民主主義的な政治を行っていた黄牙連邦も暗殺や権力闘争等で有能な人材が次々に死亡した事や上層部の硬直化も相まって深刻な政治腐敗に苛まれており、かつての民主主義的な側面など面影もなく、今やデリンジャー公爵の独裁国家と化していたのでした。
皮肉なことに国家存亡の危機に瀕している事もまた独裁の後押しをしており、デリンジャー公爵を止められる者はもはや国内には存在しません。
また黄牙連邦は国外からの富と権力で栄えた国家であり、その過程で殺人や誘拐、買い占めや転売、他国間との揉め事を引き起こす等様々な悪事を重ねてきたため彼らを憎悪する者は少なくありません。
ディーナ・デル・モナコもその一人で、かつて彼女は黄牙連邦を構成する小国であったデル・モナコ公国公爵の一人娘でした。
今から15年前に黄牙連邦の構成国家の一つであるデル・モナコ公国の支配者だったロベルト・デル・モナコ公爵が黄牙連邦の行く末を見かねて独立を図りますが、反旗を翻すのを良しとしないレルム・デリンジャー公爵が黄牙連邦駐在官として黄牙連邦にいたアウグスト・フォン・アデナウアー少佐に昇進の約束と引き換えに彼の殺害を依頼します。依頼は遂行され、支配者を失ったデル・モナコ公国は崩壊、黄牙連邦に完全に吸収されてしまいました。
その後、アデナウアー少佐は約束通り順風満帆な出世街道を歩むことになります。
父の計らいでイスヴァルド王国に居たディーナはそのことを知って以来、黄牙連邦と父を殺害した者を激しく憎悪するようになります。
そんな彼女は15歳のとき、父の仇を取るべくイスヴァルド王国軍へ士官候補生として志願しますが、あと一歩のところで試験に落ちてしまいます。
とはいえ、不合格者の中では最上位の成績であったため3年の教育期間を経て准尉として軍人のキャリアをスタートすることになります。
成人男性と比べてもやや大柄で、腕力も人一倍強かったディーナは当初はカトゥーロ配下のレイモンド・バーキン技術准将の護衛を任されていました。
ところが反骨心旺盛で気性が激しい性格だったため、何かと傲慢で口の悪いバーキン准将とは折り合いが悪く、ついには自身の部下の悪口を言ったバーキン准将にキレたディーナは彼を殴り倒して馬乗りになり、
「おい…テメェが上官だからっていつまでも大人しくしていると思うなよ」
とまで凄んでしまい、レイモンド准将共々カトゥーロ中将から数日の謹慎処分を言い渡されていました。
謹慎処分が解けた後、ウル要塞攻略に参加しますが、
(あんな屑野郎を部下にするような奴が本当にデキる奴なのか…?)
と、内心カトゥーロに対しても実力については疑念を抱いていました。
しかし、ウル要塞の攻略を見事成功させた彼の実力を見て考えを改め、心から反省し、特別休暇中にもメリッサと共に熱心に特訓に励んでいます。
「…9999!!…10000!!!」
一方療養中のカトゥーロはというと、病室で大量の書類を書いては伝書鳩を使ってあちこちに送っています。
夜な夜なまで書類を書いては送り、書いては送り…そんな日々を過ごしていました。
数日後に傷が完治すると、今度は同じく療養を終えたヴィクターやケインと共に御用商人や王族などの元へ出向いたり、自軍の視察も行っていました。
自身の軍の統率だけではなく、国内の有力者や国民からの支持を取り付けることもまた将軍の仕事であり、平時であっても気が抜けません。
次の戦いに向け地道ながら着々と準備を進めています。
そして特別休暇最終日、カトゥーロは秘密裏に一行をウル要塞の地下室に集合させ…
「休暇中に呼び出してしまって申し訳ないが、重大な発表がある。数日前にケインズ大将から黄牙連邦への侵攻を開始せよ、との通達が届いた。そんなわけで、明日から黄牙連邦への電撃侵攻を開始する。と言っても黄牙連邦はここ最近、大分弱り切ってるからな。相当激しい抵抗をしてくるだろうが、ウル要塞よりきつい戦いにはならねえよ。俺の指示通りに動けば勝てる。イスヴァルド王国軍きっての精鋭の力、知らしめてやろうぜ…以上!みんな、今日はここでゆーっくり休んでくれな!上手い食事も用意してあるんだ、たんまり食ってくれよ!」
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