第4話 決戦前夜

カトゥーロによるウル要塞攻略が決定したその日、イスヴァルド王国の王城のある部屋で、軍服を着たいかにも好色そうな老齢ながらも逞しい体つきの男が部下らしき兵士からウル要塞攻略の報告を聞き、ニヤニヤ笑っていました。


「あの小僧がついにウル要塞の襲撃を決意したか。ククク、実に涙ぐましいことではないか」


アーサー・D・ケインズ大将―

元はオライオン帝国の辺境貴族の息子で、何もかもに恵まれながら伸び伸びと育ちました。

恵まれた現状にすら不満を持った彼はなんと当時は小国だったイスヴァルド王国に寝返り、オライオン帝国に反旗を翻したのです。

そんな彼は武勇にも智謀にも極めて長けており、若いころは大陸でも最強の戦士で、その武勇はなんと一人で一個師団を壊滅させたほどでした。

当時は辺境の小国に過ぎなかったイスヴァルド王国の最大版図を実現したのも彼の卓越した智謀とカリスマ性があったが故のことでもあり、その影響力は絶大で、国王はおろか国民ですら彼を無視できない程です。

そんな彼は表向きこそ公平で威厳があるように見えますが、本性は極めて傲慢で幼稚であり、

弱者など死んで当然と言わんばかりの性格でありながら同等以上の強者に対しても妬み深く執念深い性格であったため、表向きこそ慕われていましたが、彼の本性を知る人間からは嫌われていました。


「しかしいくらマディア中将とはいえど流石に無謀すぎるのでは?」

「構わん。勝てば良し、負ければそれまでの男だったということだ。奴が勝手に決めた事である以上、俺が損をする道理はない。下がっていいぞ」


部下を自分の部屋から下がらせると、彼はテーブルにあった高級ワインをグラスに注ぎ、ゆっくりと飲み干します。


(おそらく、奴は勝つ。勝った後のことを動きを考えるとするか)



場所が変わってイスヴァルド王国の軍の駐屯地―

イスヴァルド王国には各地に巨大な軍の駐屯地があり、そこに大勢の兵士が駐屯しています。

兵士と将校の宿舎は別々で、兵士の場合は一部屋数人が割り当てられる共同生活となっています。

将校は専用の個室の使用が許可されていて、少佐以上ともなると部屋の質も良好なものになり、副官を付けることが許可されることもあります。

更に将官ともなると個室に加えて広大な敷地を持つことも許可され、王城に専用の個室を持つことが許可されることもあります。

兵士が駐屯地から出る事は基本的には禁止されているとはいえ、個室とは別に宿舎には大浴場や大食堂があり、更に駐屯地には外には娯楽施設や小売店、軍に関わる民間人の居住地や各種施設も完備しており休日であっても余暇には困りません。

カトゥーロは王城に専用の個室を許可されていながらも兵士や将校より密に関わりたいとして駐屯地の個室に住んでいます。

ウル要塞攻略の決行を決定したその日、彼は自らの敷地に今回の作戦に参加する将校や兵士達を集めて、巨大な食卓用のテーブルまで用意して豪勢なパーティーを開いていました。


「今回は特製のフカヒレスープとクランベリーのホールケーキ、高級魚エンディルニアをトッピングした特製ピザ、更にはオライオンから高級ワインを調達しておいたぜ。俺の奢りだから鱈腹食ってくれよ!お前ら最高!!かんぱ~いっ!!」


そう言って将校や兵士達たちの不安をよそに、明るく部下たちを讃えます。

部下たちはカトゥーロの意図が分からず困惑しながらも、カトゥーロに食事をよそられると一人、また一人と食事を始めます。


「一体閣下は何を考えてらっしゃるのかしらね…」

「そんなこと俺にだってわかりませんよ」

「ねえ、メリッサ。一体どういうことなのか分かる?」

「ぜんっぜんわかんないです」


ドミニコもケインも、そして斥候のメリッサですらもカトゥーロの意図が良く分からず困惑しています。

一方カルロスはノリノリでパーティーを楽しんでいました。

そして、そんなこんなであっという間に夜になってしまいます。


「んが~…ぐがぁ~……」


カトゥーロは酔っ払って敷地内のベンチで寝ていました。

オライオンから高級ワインを調達した高齢の男がワインの領収書をカトゥーロに渡そうと彼の元にやってきたところ彼は寝ていたので立ち呆けています。

ちょうどそこへカルロスと同年代の少女がやってきて高齢の男に話しかけました。


「お疲れ様です。領収書ですか?」

「ええ、こちらのお方にお渡ししようとしていたのですがこの通りでして」

「わかりました、将軍が目を覚まし次第私が直接お渡しいたしますのでご安心を」

「有り難い。感謝致します」

「もしよろしければ今晩は当宿舎の客室で休んで頂いても構いませんよ」

「お気持ちは有り難いのですが、生憎私も仕事がございまして。お引き取りさせて頂きます」


そう言うと高齢の男は専用の馬車に乗りその場を立ち去りました。しばらくすると、そこへカルロスがやってきました。


「あれ、ロレッタじゃん。来てたんだ」

「エンディルニアのピザと聞いて。アレスッゲー美味くない?ねぇ?」

「相も変わらず食い意地張ってんな。デブって足引っ張んなよ」

「うっせーファザコン。オメーに遅れなんぞ取らんわ」

「それで、大将に許可は貰ったの?」

「一応ね」

「気前のいい祖父上をお持ちで」

「カトゥーロ将軍閣下ほどではございませんことよ」

「じゃあ俺は閣下を個室にお連れする」

「手伝おっか?」

「…勝手にしろ」


そんな会話をした後ロレッタとカルロスは酔っ払ったカトゥーロを背負い、良質ながらも質素な彼の個室の寝台へ運び入れます。


「それじゃ、俺は戻って寝る」

「寝坊すんなよ~お坊ちゃま」


お互いにそう言うとカルロスとロレッタはお互いの個室に戻っていきました。

これが決戦前夜の出来事だったことはこの時は誰も知る由がありませんでした。

そう、唯一人を除いては…。

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