第16話 束の間の快進撃

黄牙連邦侵攻を発表した翌日、カトゥーロは自軍を率いて黄牙連邦へ本格的に侵攻を開始します。イスヴァルド王国軍では将官以上の階級の軍人が前線に出ることは殆ど有りません。今回カトゥーロ・マディア中将はウル要塞から戦略の指揮を、王国軍の前線指揮は連隊長であるヴィクターが執る流れとなりました。

ローラ・イスヴァルド准将はというと王都の守りが手薄にならないよう国境沿いの護衛を任されています。

イスヴァルド王国と黄牙連邦はアルケミス川によって隔てられており、2国間を繋ぐものは川に掛かっている石の大橋のみでしたが、ウル要塞攻略戦中に黄牙連邦軍が奇襲を仕掛けようとした際に石の大橋をローラ王女が爆破して落としてしまったため、黄牙連邦側もイスヴァルド王国側は攻めあぐねると見ていました。

ところが、王国軍は特別休暇中に御用商人の宝天商会に新たに制作を依頼した巨大な大橋を一瞬で川に掛けてしまいます。その大橋を通って王国軍は一気に突撃してきたのです。


「突撃開始!!連邦軍を蹴散らかせーっ!!」


これには連邦軍もひとたまりも有りません。ヴィクター率いる王国軍は一気に突撃、あっさり国境沿いにいた連邦軍を制圧してしまいます。休暇中に修行を重ねたマーリンやカルロス達も前線で奮戦し、修行の成果を見せつけました。


「オラオラオラオラァァ!!マーリン様のお通りだぁ!!」


「剣の錆になんのが嫌ならさっさと退きな!」


この勝利に勢いづいた王国軍は更に領内への深い侵攻を図ります。ところが、進んでも進んでも建物等はほぼなく、日が暮れてしまいます。


「な、なんだ…?どこまで行っても更地だらけだ…」


ヴィクターは進んでも進んでも更地である事に困惑を隠せずにいます。

一方カルロスも敵の策略を悟ると、舌打ちしながらも黄牙連邦の手際の良さに脱帽します。


「チッ…あの黄牙連邦にそれだけの度胸があったなんてな。ナメてたよ」



―20日ほど前に黄牙連邦にて中将に任命された日、カトゥーロ・マディア率いる王国軍の撃破を任されたマルティムは…


(相手はあのカトゥーロ・マディアか…この国はもう終わったな。だがすぐ降伏したらオルフィナとリルの命の保証はない…)


そんな事を考えていると彼の腹心の部下であるジョン・デミックス連隊長が指示を仰ぎます。


「閣下、如何なさいますか?我々は最期まで閣下の命に従います。逃げよと仰るのであればその通りにも致します」


「デミックス連隊長、俺は今まで軍で勤めてきた身だ。死ぬかもしれんからといってそんなすぐ逃げるわけにもいくまい」


「では…戦われる、と?」


「ああ。一先ず侵攻ルート沿いにある建造物を全部破壊する。急ぐぞ」


「御意」


マルティム将軍率いる黄牙連邦軍は大挙して連邦内の町や建造物に住む人々に避難勧告を出した後、町や建造物を徹底的に破壊し始めます。

無論、黄牙連邦政府からは異論も出ましたが、マルティム将軍が国家防衛の為であることや策がある事を説明すると、反論は一旦収まります。そうして18日後には、侵攻するであろうルートは辺り一面が更地となっていました。


「閣下、侵攻ルートの建造物を更地にしました」


「よし…これで王国軍は容易には攻め入れないはずだ。何せ、寒いからな。これで例の物が届くまでは保つ」


「例の物とは?」


「相手があの破壊神なら、こちらも使わざるを得んよ。俺も只黙って負けるつもりはないんでね」



そう、王国軍の侵攻を予期していたマルティムが近辺の建造物を一掃していたのです。黄牙連邦は夏であっても寒い地域で、夜間に外を出歩くには厳しい環境です。

であればこそ、更地にしておけば王国軍も寒さを凌げないのは堪えるだろうと判断したのでした。

しかし、ここでカトゥーロはここで驚きの行動に出ます。なんと、深く侵攻した連邦領内に要塞を作るよう指示を出したのです。そして、その手際も非常に鮮やかでした。王国軍の背後からこれまた御用商人達に依頼して特別休暇中に注文しておいた各種部品を一気に組み立てさせます。そして物の数時間ほどで侵攻拠点となる要塞が出来上がったのです。その事を聞いたカトゥーロは少人数の部隊を伴い、すんなりとその要塞に入りました。


「みんな!お疲れさん!しばらく一休みしてくれ。休憩が終わったら一気に侵攻開始だ…外はこちらで見張っておくよ」


カトゥーロは到着すると前線に居た兵士達に休憩を取るよう指示を出します。


(さて…黄牙連邦軍はどう出る?)



その晩、マルティム率いる黄牙連邦軍の兵士達は斥候から要塞が突如として出現したという報告に驚きを隠せずにいました。


「要塞が一日で建った…だと!?」


「信じられん…!もはや連邦はこれまでなのか?」


しかし、その話を聞いたマルティムは何か閃いたのか、デミックス連隊長に指示を出します。


「いや、待て…もしかすると勝ち筋が出来たかもしれん。総員、今から突撃を開始するぞ。例の物も忘れずにな」


「し、しかし閣下…」


「今は勝つことだけ考えてくれ。負けると思ったらその瞬間終わりだぞ」


「…御意」

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