第24話 リーネの想い 前編

 私の意識は徐々に覚醒へ向かう。



「………………」



「………………」



「……………ぇ」



「……………ねぇ」



 何か聞こえる。これは……人の声か。



「ねぇ、お願い……」



「目を覚まして!」


 

「う……ん」



 私は目をゆっくりと開く。


「お、起きた!?」


 ぼやける視界が徐々にはっきりしてくる。


 ……赤い瞳に黒い髪。


「リーネ……か。」


「そうよ! もう、さっさと起きなさいよ!」


 重傷の人間になかなか手厳しいことを言う。


「どのくらい意識を失っていた?」


「15分ぐらいかな」


「心配かけたな。それよりも日が暮れそうだ。野営できる場所をさがそう」


「え、ええ。それよりも歩けるの?」


 どうだろう、左肩にはまだ矢が刺さり全身も痛む。おそらく、川に落下した時に負傷したのか……。


「分からん。一旦、手を貸してくれないか?」


「もちろん!」


 私は彼女の手を取り、起き上がった。


「うぐっ」


 まずいな……、おそらく左足を骨折している。これでは一人で歩けん。


「ちょ、ちょっと大丈夫? どうしたの?」


「多分、骨折している」


「え……!? 無理しないで! 肩貸すから、ほら」


 彼女の肩に寄りかかって、川辺から足を進めた。


「ふふっ。オークの時とは反対の立場になってしまったな」


「うん……まあそうね」


 しばらく歩くと、斜面に洞窟を発見した。穴の大きさは3mほど、雨風も防ぐことができ、十分なスペースも存在する。今日はここで野宿することにした。


「えーと、モンスターは居なさそうね。大丈夫、入りましょう!」


 ようやく一息付けたが、やらなければならないことがある。現在、私たちの体は川に落ちた影響でずぶ濡れとなっており、季節は夜も肌寒くなる秋口だ。このままでは低体温症となってしまう。


 ということで、火が必要だ。


「リーネ、火を起こせるか?」


「まかせて! 火魔法を使えるからね」


 彼女は木を集め、その上に手をかざして詠唱を始めた。


「大いなる大地よ。我の願いを申し上げ奉る。我に力を与え給え……デア・フレイム!」


 手のひらには小さな魔法陣が展開され、そこから火が生じる。そして、木は炎に包まれ、洞窟内を温かく照らした。


「あぁ、温かい」


 これで一件落着。


 だが、もう一つやっておきたいことあった。



「……そういえば、傷の手当してくれないか?」


 そう、私の腕にはまだ矢が刺さっていた。このまま放置しておけば、化膿や感染症の危険性がある。


「分かったわ」


 矢が刺さった場合、無理に引き抜居くことは絶対に避けた方が良い。矢じりには返しがついており、引き抜いたら傷口周辺の神経や組織を破壊してしまう。最悪の場合、動脈から血液が噴出し失血死する可能性まである。


 したがって、矢はそのままにして止血を行うことが正解だ。先ほど、リーネは簡易的な止血をしてくれたが、川に落ちた衝撃で効果が無くなってしまったのだ。もう一度、ちゃんとした止血を行う必要がある。


「酷い傷ね。アンが居れば回復魔法で処置出来るのに」


「なかなか鋭い返しがついているな。相手は余程、私のことを仕留めたかったのだろう」


「そうね……。一応、止血しておくわ」


「有難い」



 やはり、彼女が冒険者だからだろうか、傷の手当には慣れているようだ。手際良く止血を行ってくれた。


 そして、初級の回復魔法が使えるとのことなので処置してくれることになった。



「これで痛みが和らぐはずよ」


 私の傷口に手をかざし、詠唱を始めた。


「大いなる大地よ。我の願いを申し上げ奉る。我に力を与え給え……」


 しかし、どういうことだろう。魔法陣が出現しなかった。


「ど、どうして……、もう一回。 大いなる大地よ。我の願いを申し上げ奉る。我に力を与え給え……」


 だが、魔法陣は出現しない。


「なんで!なんで出ないの!! まさか……。魔力切れ」


 彼女はがっくりと肩を落とし俯いた。



「……ごめんなさい」



「そう気にしないでも良い」



 余程ショックだったのだろうか、彼女は俯いたまま顔を上げようとしなかった。



「まあそう落ち込むな。止血もしたことだし大丈夫だろう」



「違うの」



 声が震えていた。



「……私が、私のせいで」



 目には涙を浮かべている。



 彼女のこんな様子は初めて見た。



「うぅっ。私のせいで……。私がダンジョンに誘ったから……」




「むきになって勝負に誘ったから……。そのせいで、そのせいで……」




「こんな怪我をして……。痛い思いさせてしまって……。ごめんない……。ごめんなさい……」



 溢れ出た涙は、炎の光を反射しきらきらと光っている。


 嗚咽と共に発せられる言葉は、悲嘆と悔恨に満ちていた。



「うぐっ。ひっく。そ、それと、あんたは何も悪くないのに……」



「か、勝手に。勝手に意識して……。偉そうなこと言ったり、冷たい態度取ったりして……」



「ごめんなさい……。ごめんなさい……」


 

 洞窟内は火の燃える音と、彼女のむせび泣く声に包まれた。


 

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