第17話 さあ新兵器、異世界を震撼させよ!

 我々は馬車へと乗り込んだ。目的地フィオネの森まで1時間ほどの行程である。



 王都を出ると、辺りは牧歌的な農業地帯である。真夏の日差しの下、畑の作物は生い茂り、緑の絨毯のように広がっていた。時折風が吹くと畑地は波打つようになびく。真っ青な空とのコントラストが非常に美しい。




 我々は悪路に揺られながら進んで行く。




 馬車の中で、好奇心旺盛なリーネが問いかけてきた。


「あんたの持ってるソレは何?」


 布に包まれたモノを指さして言った。


「ああ、これは最近完成した新兵器だよ」


「へぇ! どんな武器なの?」


「それは、後のお楽しみ」


「ケチ!」


 まあ説明がめんどくさい武器であるから、実際に目で見てもらった方が早いだろう。





 それからほどなくして、フィオネの森に到着した。


 馬車を降りると、目の前には鬱蒼たる森が広がっていた。木立が密集しており、奥の方は闇が支配している。その光景は、まさに異界への入り口と言えよう。


 前衛のジョエル・ドルジ・ジョンを先頭に森の中へと進んだ。


「なあリーネ、ここにはどんなモンスターが生息してるんだ?」


「えーと、確かゴブリンとかフェンリル(狼)が多いらしいわ。あと、たまにオークが出現するとの情報よ」


「君とオークは、ジンクスがあるから気を付けるんだぞ」


「うるさい!」





 しばらく森を進むと、ジョエルが静止の合図を出し、向こうの方を指さした。視線を向けると、ゴブリンの群れがうごめいていた。


 「皆、準備は良いか?」


 さあ害獣駆除の始まりである。作戦は至って簡単、真正面から殴るだけ。



 まず前衛の3人がゴブリンの群れに切り込んでいった。


「我に力をデア・インフェルノ!」


「デア・ランス!」


「デア・ストライク!」


 各々が詠唱して攻撃を放つと、ゴブリンは16ポンド球が直撃したボウリングピンのように弾け飛んだ。地面に叩きつけられ数回バウンドした所で、ようやく運動エネルギーを失った。


 辺りには、10を超えるゴブリン共が累々と横たわっていた。まだ数匹はぴくぴくと動いている。息があるのか、死後痙攣なのか、遠くからは見分けが付かなかった。いずれにせよ、群れの半分は戦闘不能になり、生き残った個体も戦意を喪失し散り散りに逃げ出した。


 前衛はすかさず追撃を行い、後方からはリーネとアンによる遠距離攻撃が容赦なく襲い掛かる。無情にも一匹、また一匹と討ち取られていった。



「もう良いだろう」



 掛け声と共に、攻撃が止んだ。数匹は森の奥へと消えていったが、群れの大半を討ち取ることに成功したのである。


「皆良くやった!」



 そして、さらなる戦果を求め足を進めた。しばらくすると、地響きを伴う足音が森の奥の方から聞こえてきた。


「オークか?」


 その可能性を考慮し、息をひそめて音の出所へと向う。


 5分ほど歩いただろうか、少し開けた場所に辿り着いた。周囲とは異なり、木々がまばらに生え陽光が差し込んでいる。


 そこに足音の正体は居た。我々は大木の幹に隠れて、様子を伺う。


 ヤツは地面にかがみ、鹿に似た動物を貪り食っていた。見た目はオークに似ているが、体表が赤く、そして何より体が大きかった。オークより1周り……いや2周りほど巨大な体躯を持つ。


「オーガだ……」


 ドルジが小さな声で呟いた。


 オーガ、それはオークの上位互換と言えば良いだろうか。特筆すべきはその怪力である。筋肉に覆われた巨体から繰り出される力は圧倒的であり、雄牛を投げ飛ばしただの、人間の腰ほどもある木をへし折っただの、数々の逸話がある。


 したがって、討伐には相応の戦力が必要である。ギルドによると、最低でも中級冒険者3名が必要と推奨されている。


「おいどうする?」


「どうするって、討伐するしかないでしょ? このパーティーには中級冒険者が5名居るのよ」


「うむ、我々の実力なら可能だと思う」



 そんな作戦会議を小声でしていると、オーガは獲物を食べるのをピタリと止めた。



「まずい……」



 ヤツは嗅覚や聴覚が発達しているのだろうか、どうやら我々の存在に気付いたらしい。ゆっくりとこちらに向かってきた。


 その威圧感たるや圧倒的であった。身長は4mを超え、肉体は鋼鉄のような筋肉で覆われている。その巨大な仁王像のような存在は、恐れというよりも、畏敬の念といった感情を抱かせるものであった。



「もう戦うしかないでしょ!」



 リーネの一声により、ヤツを討伐するというパーティーの決意は固まった。


 同時に、私はある思案をした。新兵器を試す格好の機会では無いか、と。



「この戦い、私も参加させて頂こう」


「別に良いけど、足手まといにならないでよ!」






 ジョエルの指示により、それぞれの持ち場に移動した。


 前衛の3名は前に進み、リーネとアン、そして私とアテナは後方にて布陣する。オークは、我々に戦う意思があることを悟ると、横に生えていた木をへし折ってそれを武器にした。


「行くぞ!」


 まず先頭を行くは盾使いドルジ。自分の体が隠れるほどの大盾を構えて前進し、その後ろにジョエルとジョンが続く。


 20mほどの距離まで近づいたとき、オーガは腹の底に響くような重低音の唸り声を上げ、駆け出した。同時にドルジも魔法の詠唱を始める。



「大いなる大地よ、母なる大海よ……」



 両者の距離、あとわずか10m。この時、ドルジの緊張と恐怖はピークに到達した。視界にうつる真っ赤な巨体は徐々に大きくなってくる。



 そして、遂にヤツの攻撃範囲内に到達した。



「……我に力を。ダス・ウォール!」



 彼は盾を地面に突きつけ、全力で魔力を注ぎ込んだ。前面に魔法陣が発生し、強力なシールドが形成されたのである。



 オーガは、それ目掛けて武器を振り下ろす。先端に秘められたエネルギー量はまさに想像を絶するものだ。



 そして、双方の繰り出した攻撃と防御が衝突する。



 辺りには轟音が鳴り響いた。




 シールドは……。   



 無事だ! オーガの攻撃を受け止めている。……しかし、ガラスの割れるような音と共に、徐々にひびが広がっていく。


「長くは持たん!」


「おう、任せとけ」


 ジョエルとジョンが突風のように駆け出し、詠唱を唱える。


「大いなる大地よ、母なる大海よ……」


 魔法陣が発生し、武器に魔力が注がれていく。放つ光子の量が徐々に多くなり、詠唱を終える頃には、直視出来ないほどに眩しくなっていた。



「デア・ブレイド!」



「デア・ランス!」



 双方の武器がオーガの下腹部へと突き立てられる。




 そして、ヤツの皮膚を切り裂き、そこから鮮血が垂れてきた! しかし……。




「浅い!」




 そう、ヤツの体の硬度は想像絶するものであった。彼らの剣と槍は、表面を切り裂くだけで致命傷を与えるには至らなかったのである。



 身体を傷つけられたオーガは怒り狂い、、前衛の3人は体制を整え再び対峙する。




 前面では激しい戦いが繰り広げられている。そろそろ私の方も準備しようか。








 リーネ視点


 彼女は、弓を構え、全神経を集中させていた。隣ではアンも同様に武器を構えて攻撃の機会を伺っている。そして、秋山は後ろでゴソゴソしていた。




 オーガの奴、とんでもない化け物だわ。ジョエルとジョンの全力でも、かすり傷ほどのダメージしか与えられないなんて……。生半可な攻撃では駄目そうね。




 彼女はそう意気込んで詠唱を始めた。




「母なる大地よ。風よ。我が弓に力を与え給え」




 魔法陣の出現と共に、付近に強風が吹き始めた。彼女は最大限の魔力を注ぎ込んでいる。そして、弓を持つ左手と矢を引く右手の神経に意識を集中させ、狙いを定める。




「ダス・ウィンド!」




 放った矢は彼女の全力。ヤツの頭に向かって飛んでいく。




 お願い……、当たって!




 彼女の目には頭へ直撃したように見えた。しかし、ヤツはまだ2本の足で立っている。果たして矢は当たったのか……?



 彼女は少し間をおいて状況を理解した。




 確かに矢は当たったけど……。




  ……弾かれたんだわ。



 そう、放った矢は前頭部に直撃したが、分厚い頭蓋骨に阻まれたのである。恐るべきオーガの防御力、これは自分ひとりでは太刀打ちできないと悟った。


 彼女は魔力回復用のポーションを飲み、次の手を考えた。


 これは、もうアンの能力向上魔法と組み合わせるしかないようね。私と彼女の全力が合わされば絶対にヤツを倒せるわ。


 そう考え、隣に居るアンに声をかけようとしたとき……。




「ちょっと失礼する」




 2人の間を通って、秋山は前へと進み出た。



 ……アイツ何やってんの、あの手に持ってるのは何? 剣でもない、槍でもない、もしかして、あれが新兵器ってやつ!?



「あんた、そんなヘナチョコな武器でヤツを倒すのは不可能よ! 下がりなさい!」



「まあ見とけ」



 彼はそう言葉を残すと、さらに前へと進んだ。前衛もその行動に気付いた。





 秋山視点


「ここからは危険じゃ下がっておれ」



 ドルジが私を静止する。



「心配してくれてありがとう。でもここは私に任せてくれ」



 そして、最前列に居たジョエルとジョンの前まで歩み出た。



 改めてオークと相対する。やはり近くで見ると、その風貌と巨体から来る威圧感は圧倒的である。しかし、私の感情は恐怖ではなく、高揚感に支配されていた。


 これは生存競争である。私は人類という種族を代表してこの場に立つ。目の前の相手は、純粋な身体能力に進化を費やしてきた圧倒的強者である。対して、我々は貧弱であり、それを覆す魔力も持ち合わせていない。だが、強みは別にある。


 今、この私が両手に持っているモノは、そんな弱者が創り出した叡知の結晶たる武器である。我々は、自らの弱さを知識と技術で補うことが出来る。これこそが人類の強みなのである。


 この武器は、勇気と自信、そして圧倒的な力を授けてくれた。この勝負、絶対に勝つ必要がある。人類が強者に対抗できることを、今この場で証明しなければならない。




「皆、耳を塞いでいてくれ!」



 この場に居るメンバーは、言われるがまま耳を塞いだ。




 そして、真正面の敵に武器を向け、照準器越しに目が合う。その瞬間、ヤツは右足を踏み出し、こちらに駆け出してきた。私は引き金に人差し指を当てて、タイミングを待つ。







 さて皆さん、ここまでの描写で、私の持つ武器が何であるかお分かり頂けただろうか。現実世界では、この武器の登場により、洋の東西問わず戦争を変質させるどころか、社会構造そのものを著しく変化させた。まさしく人類史における発明のトップ5に入るだろう。





 ……そう、その武器とは銃火器である。


 現在、使用しているのはマッチロック式のマスケット銃であり、皆さんには火縄銃と言った方が伝わるだろうか。この人類史を変質させた兵器が、異世界においても猛威を振るう。







 私の視界に占めるオーガの割合が徐々に大きくなってくる。赤い巨体が地響きを伴いながら向かってきた。



 照準をヤツの脳天に合わせる。



 あと15m……10m……、よし、今だ!





 勢いよく引き金をひき、それと同時に耳をつんざく程の爆発音がフィオネの森全体に響いた。さらに、5km以上離れた王都においてもこの音が観測され、王宮に居たエリスの耳にも届いたのである。


「きゃあ! 一体何の音ですの……」


 彼女は、窓の外から音が聞こえてきた方向を見る。視界には、農地の中に浮かぶ黒い森が霞んでうつった。



 ……確か、秋山さん達が今日フィオネの森に行くと言ってましたね。





 

 場面は戻り、フィオネの森。



 射撃音は森の中で反響し、辺りは硝酸の匂いで充満する。弾丸は、初速300m/s以上で射出され、標的の分厚い頭蓋骨を貫通し反対側にある大木を抉った。



 オーガは目の前で膝から崩れ落ちた。彼は、異世界における初の銃火器による犠牲者となったのである。

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