第18話 火縄銃

 前々から、銃火器が必要だと考えていた。ルシタニア王国の現状を打破するにはそれしかない。そう、敵を殲滅する火薬と鉛玉の力が何としても必要なのである。



 人類史に刻まれた銃火器の活躍は目覚ましい。中でも、日本人に最も馴染み深いものは、"長篠の戦い"であろう。天正3年、西暦1575年に行われたこの戦いは、1000丁を超える鉄砲を用意した織田徳川連合軍が、当時最強と謳われた武田の騎馬隊を圧倒した。


 西に目を向けると、西暦1514年、サファヴィー朝とオスマン帝国の間に起こった"チャルディラーンの戦い"がある。これは西洋版長篠の戦いと言えば良いだろう。大量の鉄砲と大砲を装備したオスマン帝国軍によって、サファヴィー朝軍の騎兵隊『クズルバシュ』の最強神話が打ち砕かれた。


 さらに南北アメリカでは、わずかな兵力しか持たないコンキスタドールによって、先住民族の征服が行われた。その要因として、やはり銃火器の存在が挙げられる。



 ああ、銃火器よ。 人類社会に登場した圧倒的存在よ! 君の力が異世界にも必要だ!





 ということで、王立科学協会では銃火器の開発を最優先に取り掛かった。


 現実世界において、最初期の銃が出現してから、火縄銃が開発されるまで100年単位の期間が必要であった。したがって、構造の設計や材料の調達に関して、苦労することになると考えていた。



 しかし、ある人物のおかげで、圧倒的早期開発が実現したのである。



「それは、あーして、こーして……」



 むさ苦しい職人たちに囲まれて、金髪の美少女がスラスラと設計図を書いている。彼女こそが、最大の功労者である。


「素晴らしいぞアテナよ!」


「えへへっ。ありがとうございます、ご主人様」


 そう、アテナである。彼女の活躍は凄まじいものであった。設計から材料調達まで遺憾なく力を発揮した。やはりAIの知識搭載量は圧倒的である。



 そして、もう一つ早期開発を実現した要因がある。それは、ルシタニア王国に一定の鋼鉄加工技術が存在していたことである。刀鍛冶を始めとした高度な技能を持つ職人と、製造技術や工場の基盤がすでにあった。


 以上のことから、僅か3カ月で火縄銃の開発が完了したのである。





 場面はフィオネの森に戻る。



 周囲には煙と硝煙の匂いが立ち込めていた。そして、オーガの巨体は地べたに這いつくばる。シュバルツの面々はその光景を呆然と見て立ち尽くしていた。




「……信じられない」


 まず口を開いたのはリーネであった。


 先ほどの事象は、彼女にとって驚天動地の出来事だった。秋山が妙な武器を構えたかと思えば、耳をつんざくほどの爆発音と共に火を吹き、オーガは地面へと崩れ落ちたのである。


「い、今のは何? 何をしたの!」


「火薬の爆発により鉛玉を射出したのだ。武器の名を火縄銃と言う」


「は、はあ? かやく? ひなわじゅう? 訳が分からないんだけど」


 彼女が混乱するのも無理はない。この魔法も使えない男が一撃でオーガを葬り去るなど、異世界の常識では考えられないことであった。


「まあ落ち着け、俺たちはオーガとの戦いで魔力も装備も消耗した。一旦森を出よう。話はそれからでもいいんじゃないか?」



 ジョエルの提案により、王都へ帰ることになった。我々は待機していた馬車に乗り込む。



「……で、詳しく説明してくれる?」


 腕を組んだリーネが対面に座る。



 私は、もうこの際、異世界から来たことを言ってしまおうか、と思案していた。いずれ打ち明けなければならないことだ。今が絶好のタイミングではないか。


 そして、決意を固めた。


「皆、落ち着いて聞いてほしい。……実は、私とアテナは異世界からやってきた人間だ。したがって、先ほどの武器も異世界の知識で作られた」


「はあ、異世界? いきなり何言い出すの?」


「……確かに神隠しに遭ったという話は聞いたことがある。君たちも似た類に巻き込まれたのかもしれんの」


 一応、大抵のメンバーは納得してくれた。そう、リーネ以外は。




「信じられない!」



 彼女は頭を抱え込んだ。



 なぜこれほど取り乱しているのか、私はこう考える。


 リーネは、信じる物を否定されたことにより混乱しているのだ。それは何か? そう、魔法である。


 この世界において、『強さ』とは、すなわち『魔法』のことである。こと彼女に関しては、その思い込みが一層強い。今までの言動や態度から、『魔法の力』を追求していることが感じられた。


 しかし、銃火器の登場により全てが否定された。魔力も無い人間が一撃でオーガを仕留めたのである。中級冒険者が5人集まって手こずる相手をである。


 無理もない。人間、信じてきた物を否定されるのは非常に堪える。銃火器という圧倒的存在を目にして、彼女は混乱しているのだ。





 しばらく頭を抱え込んでいたが、突然顔を上げ私を睨んだ。



 何か嫌な予感がする……。





「勝負よ!」





「はあ?」





「私と勝負しなさい!!」



 彼女のコンプレックスを刺激したため、面倒事に巻き込まれるのであった…。


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