第19話 不吉な予兆

 秋山達がフィオネの森にてクエストを行っていた頃の話




 ルシタニア王国コンピエーニュ領にて



 ベルナドット侯爵の宮殿では、複数の貴族達が集まり密談が行われていた。



「ここ最近、黒髪の小僧あきやまさねゆきの行動は目に余る」


「あの王立科学協会とやら、金の無駄使いではないか」


「王陛下も如何したものか。小僧の流言に耳を傾けるなど……」


「それについてだが、奴が連れている金髪の女アテナを使って、王陛下に色仕掛けを行っているとの噂がある」


「それは誠か! 何たる卑劣」



 そう、秋山達は最近活躍しすぎたのである。突然現れた若者が功績を挙げ、政治権力を持ちつつあることは、貴族にとって不快極まりない状況であった。



 ここで、ある男が口を開く。


「栄光ある名門貴族ともあろう者が、黒髪の小僧如きに動揺してはならない」


 そう、ベルナドット侯爵である。肥えた体から発せられる低い声が部屋全体に響く。そして、イスから立ち上がりさらに続ける。


「王陛下を唆し、国の財産を浪費する不届き者には天誅が必要である。我々、正義ある名門貴族の手によって悪逆非道な輩を討ち取らなければならない!」


「さすがベルナドット公!」


「その通りでございます!」


 ベルナドット公の言葉に対して、歓声の嵐が湧いた。


「結構、結構。ではこれを持って。詳細に関しては、アエミリウスよ、そなたに任せる」


「はっ! この私にお任せください」


 この理知的なオーラを持つ中年男性こそが、ルキウス・アエミリウス・パウルスである。彼は、政治から軍事までの実務を担っており、非常に優秀な人物と称されている。


 尊大で傲慢なベルナドット公が、なぜここまで権勢を誇っているのか。それは、間違いなくこのアエミリウスによる尽力あってのことである。



 そんな彼が動き始めた。





 そして、場面は変わり王宮、謁見の間にて



「王陛下! 伝令です!」


 兵士が慌ただしく、王の元へと駆け寄る。


「そんなに慌てて如何した。申してみよ」


「エトルリアが国境地帯にて、大規模な兵力を集結させているとの情報が入りました!」



 エトルリア、それはルシタニア王国の隣に存在する国家である。近年、領土拡張政策を推し進めており、両国の間では緊張が高まっていた。



「なんだと……。規模はどの程度か分かるか?」


「恐らくですが、5000人以上かと」


「そうか……」


 エトルリアからの軍事的挑発は、これまでも頻繁に行われてきた。その度に、王を悩ませ苦しませてきたのである。


 報告を聞いて、王は将軍を呼んだ。


「事が事だけに、こちらも相応の対応をしなければならない。……そうだな、近衛兵から2000名を抽出して国境地帯へと送る。」


「はっ。承知いたしました」


「そして、5000名の傭兵を募集する」


「5000名ですか、財政の方は……?」


「大丈夫な訳がなかろう。しかし、侵攻の可能性がある以上、準備する必要がある」



 魔法族国家エトルリア、彼らが有する戦力はこちら側を大きく上回る。特に魔法使用者にて構成される軍隊は脅威であった。強者に振り回されるルシタニア王国、その財政は着実に圧迫されていた。





 そして……





「うっっっ……ぐはっ……」




「大丈夫ですか! 王陛下!」




 謁見の間の白い床が赤色に染まる。


 王が吐血したのである。




 そう、ルシタニア王国を取り巻く苦境は、彼の肉体と精神をむしばんでいた。数年前から体調不良を訴えており、ここ最近は特に悪化している。



「くっ……、騒ぐな」


「しかし……」


「ここで私が弱っていることを敵に知られたらどうなる? それこそ侵攻の機会を与えるだけではないか」


「は、はい……」





 こんな重大事が起きているとはつゆ知らず、秋山達はシュバルツの面々と酒場に居た。




「今回のクエストが無事成功したことを祝って、乾杯!」


 ジョエルの挨拶によって、クエスト終わりの打ち上げが始まった。皆、ビールに似たアルコール飲料を片手に持っている。どうやら、この名前は『ビエール』と言うらしい。


「乾杯!」


 居酒屋の喧噪の中に、ジョッキを打ち鳴らした音が響く。シュバルツの面々は、ビエールとやらを勢い良く飲んだ。対して、私はその未知の飲料を警戒して飲む。


 ふむ……。アルコール度数5%といったところか。見た目と同じく、味もビールに似ている。



「ごくごく……。ぷはぁっ!」


 隣から、喉を鳴らして飲む音が聞こえてきた。そちらに視線を向けると、アテナが白い泡で口髭を付け、ジョッキを空にしていた。


「お、おい。そんなに飲んで大丈夫か?」


大丈夫です!」


 アルコール初心者は自身の限界を知らず、ついつい飲み過ぎてしまう。飲み会のたびに幾度となく撃沈する者を見てきた。


「アルコールの効果は遅効的だ。だから、もっと落ち着いてゆっくり飲むんだ」


「はっはい!」


「あんた、何言ってるの? 勢い良く飲む方が良いに決まってるじゃない! さあ、もっと飲みなさいアテナ!」


 リーネによって、空のジョッキにビエールがたっぷりと注がれる。



 ……今夜もまた犠牲者が出る。





 ~~~~ 30分後 ~~~~





「ごしゅじんしゃま~ せかいがまわっれますぅ~」


 アテナは顔を真っ赤にして呂律が回らないほど泥酔してしまった。言わんこっちゃない。


「飲み過ぎだ。少しは自重しろ」


「れも、ろっれもきもちいいんれすよ~。ふわふわしれ、しあわせれす~」


「それは幸福の前借りと言うのだ。明日は過酷で悲惨な二日酔いが待っているぞ。」


「そ、そんなころ、いわないれくらさい~」


 まあ仕方ない。彼女も一度苦しんで学習した方が良いだろう。




 そんなことを考えながら、ふと周りを見渡す。視界には、アルコールによって悦に浸る人々が映る。そして、彼らの談笑や食器のぶつかる音が混じり合い、酒場の喧噪を形成する。



 皆、幸せそうだ……。過去の不幸や未来の不安を忘れ、今を楽しんでいる。



 私は彼らの生活を守れるのだろうか……。



 物思いにふけっていると、ある言葉によって現実に引き戻された。



「ヒック。 アンタにはぁ、絶対に負けないから!」


 リーネが私を指さして言う。


「次は、ダンジョンに行くわよ!」


「はあ?」


    ! そこで勝負よ!」


 彼女には、いつも面倒事に巻き込まれる。まあこれも仕事の内として、大人しく引き受けるか…。




 そして、打ち上げは終わった。



 我々は王宮の舎宅へと戻る。そして、アテナは勢いよくベッドに倒れ込んだ。


「……アテナ、今日は別々で寝よう。」


「なぁーーにいっれるんれすか? ごしゅじんしゃま。いっひょにねますよ!」


 私の右腕を掴み、強引にベッドへと引き込んできた。そのまま彼女は眠りにつく。私は、彼女の拘束から逃げようとしたが、なかなか離れない。


 しかし、彼女のスヤスヤと眠る顔を見ると、私にも眠気が襲ってくる。仕方なく、そのまま寝ることにした。



 ~~~翌日~~~



「うへぇぇぇーーーー、あ、頭がああぁぁぁぁぁ! ま、不味いです……胃から何か上がってきます……」


「実況は良いから、早くトイレに行け!」


 結局、彼女は壮絶な二日酔いに襲われ、丸一日部屋に閉じこもったのである。




 果たして、こんな日常はいつまで続くのだろうか……。


 

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