第25話 リーネの想い 後編

「うぐっ。ひっく。ううぅ……」



 彼女はプライドの高い高飛車な人物だと思っていたが、どうやら間違いだったようだ。



「……リーネ」


「うぐっ。は、はい……」


「君は勘違いしている」


「……え?」


 彼女はきょとんとした顔で私の方を見る。


「まず、君は何も悪くない。むしろ感謝しているぐらいだ。悪いのは突然襲ってきた奴らだろう。違うか?」


 彼女は涙を拭いて答えた。


「で、でも。私がダンジョンに連れてきたせいで……」


「はははっ。恐らく、あいつらはいつどこでも襲撃する予定だったと思うぞ」


「……へ?」


 王都でも王宮でも関係ない。奴らは必ず私を殺しに来たはずだ。


「私の予想だが、あの集団は貴族達が送り込んできた刺客だ」


「き、貴族?」


「そうだ」



 コンピエーニュ領公爵 ベルナドット おそらくこの辺りだろう。



「私は最近目立ち過ぎた。突然現れた若造が功績を挙げ権力を拡大しつつあるという状況は、貴族たちにとってさぞ不快なものだっただろう。故に処分しようとしたわけだ。」


「そ、そんな……。あんたは国を良くしようとしてただけじゃない」


「改革者は嫌われるものなのさ」


 そう、いつの時代も改革者は悲劇的な末路を辿る。



 時は共和制ローマ末期、度重なる戦乱により社会の疲弊が進んでいた。この暗澹たる時代に、グラックス兄弟という若き改革者が現れる。兄ティベリウスは護民官となり改革に着手するものの、元老院の反発に遭い暗殺されてしまう。また、弟のガイウスも改革を引き継いだが反対派によって自殺に追い込まれるのであった。



 田沼意次。彼は江戸幕府の財政難に対処するため寛政の改革を推進した。その商業に重点を置いた先進的な改革は民衆を富ませたが、保守派によって失脚させられ失意のうちに亡くなってしまう。



 ジョン・F・ケネディ。この43歳でアメリカ大統領に就任した若き指導者は、1963年11月22日テキサス州ダラスにて悲劇の死を迎えた。この事件の背後には、彼の改革に反対した軍産複合体が存在するとも言われている。



 私もこの人物達と同じ立場か……。


 だが、そう簡単には死なんよ。


 貴族共、覚悟しておくが良い。





「そんなわけでリーネ。君は何も悪くない」


「……分かった」


「よし、この話題はもうおしまいだ。いつものように、明朗で快活そしてお転婆な君に戻ってくれ」


「う、うるさい! 最後のは余計だから!」



「……でも、ありがとね」





 翌朝




「で、どうやってこの森から抜け出すの?」


「私に考えがある」


 まず、私とリーネ2人だけでこの森から脱出することは不可能だろう。ということで、ジョエル達と合流することが必要となる。問題はその方法であるが……。


「君にこの武器を託す」


 リーネに火縄銃を渡した。


「え!? これでどうするの?」


「簡単なことだ。上空に向かって撃つだけで良い」


 そう、射撃音で居場所を伝えるのだ。向こうにはアテナが居る。彼女には探知システムが搭載されており、音源の位置を特定することが可能なのだ。


「私はこの通り負傷しているため、銃を構えることが出来ない。君が頼りだ」


「わ、分かったわ!」


 彼女は私の指示に従い銃弾と火薬を込め、銃を構えた。


「撃つわよ」


「了解」


 辺りには射撃音が反響する。これで向こうに届いてくれれば良いが……。


「たく相変わらず凄い音ね。でも、本当にこれで大丈夫なの?」


「ははっ。君は案外心配性なんだな」


「う、うるさい!」


 確かにこの森は広いが、ジョエル達とてそう離れた場所に居るわけではないだろう。向こうにも聞こえているはずだ。




 しばらくして




 遠くの方で乾いた爆発音が一発響いた。



「き、聞こえた!? これってもしかして……」


「ああ。火縄銃の射撃音だな」


 そう、向こうに居るアテナが応えてくれたのだ。


「よ、良かったーー! これで助かるわね」


「だな」




 そして



「……さまーー。……さんーー!!」


 聞き覚えのある声が辺りに響く。


「ご主人様ーーー! リーネさんーーー!」


 アテナの声だ。


「おーーい!」


 そしてジョエル達の声も聞こえる。


 我々も声を上げた。


「おーいこっちだ!」


「こっちよーー!」


 しばらくして、森の奥から人影が現れる。


「見つけた! ご主人様ーーー! リーネさんーーー!」


「おお、2人とも無事で良かった」


 アテナとジョエル達が駆け寄ってくる。



 こうして我々は再会を果たしたのである。各々が喜びを分かち合い、場は安堵に包まれた。。



「本当に良かったです~。私、とっても心配したんですよ!」


「ああ、心配かけたな」


「もう、一時はどうなることかと思ったわ」


「……あれ、リーネさん目どうしたんですか? 凄い腫れてますよ」


 アテナが不思議そうに言葉を発した。


「ああ、それはだな……」


 私がそう言いかけると、


「あああああぁぁぁーーーーーー! 何でも無いから! 目に埃が入っただけだから!」


 リーネが必死に言葉を遮ってきた。


「それよりも傷の手当よ! アン、回復魔法使ってあげて」




 そんなこんなで無事森から抜け出し、王都へ帰還することができたのである。




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 ベルナドット公宮殿にて



「アエミリウスよ。なぜ奴が生きているのだ?」


 コンピエーニュ領公爵ベルナドットが不快そうに声を上げる。


「はっ、これは私の失態です」


「……次は必ずヤツの首を取って来い」


「承知致しました」



 アエミリウスの謀略は失敗に終わった。この結果は後に、貴族達の運命に大きな影響を与えることになるのであった。


 

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