ルシタニア王国政治顧問

第10話 王都の闇と光

 日が昇り、朝がやってきた。眩しい朝日の光が、私の瞼を照らしている。意識が徐々に覚醒するにつれ、体の違和感が感じられた。


 何か、柔らかいものが当たっている…。


 薄目を開け、その違和感の方向を向くと、金色の物体が視界に入った。そこから、ラベンダーの良い匂いが漂ってくる。そう、これはアテナの金髪の髪の毛であった。


 この時、私の意識は完全に覚醒し、昨日の出来事を思い出していた。そうだ、アテナとダブルベッドで寝ることになったのだ。困ったことに今現在、彼女は私に抱き着く格好で寝ている。



 ……とすると、この柔らかいものは。アテナのオッp



 そう察した瞬間、彼女の身体が動いた。



「うぅ…ん。もう朝ですか」


 まずい、この状態で彼女に起きられたら、一体どうなることやら。



 私の嫌な予感は見事的中した。



「ご主人様……。えっ、う、う、うわぁぁぁぁぁーー!!!」



 彼女は私の耳元で、これほどかというまでの悲鳴を上げた。しかも、最悪な事にこの声を聞きつけて、誰かが駆けつけてきたのである。


「何の騒ぎですの!」


 その声の主はエリスであった。扉を開け部屋に入った瞬間、彼女の目には、寝転ぶ私と、はだけた寝間着姿で赤面しているアテナの姿がうつった。そして、満面の笑みを浮かべてこう言った。


「あらあら、朝からお盛んですこと」


 ふざけるんじゃない!この状況を作り出したのは、紛れもないエリス自身であろう。


「私は見なかったことに致しますので、後はごゆっくり楽しんでください」


 そう言い残して、彼女は消えた。



「ご主人様、ごめんなさい…」


「いや、謝らなくて良い。エリスには何か仕置きが必要だ」




 ひと悶着ありながら、我々の王都生活1日目がスタートした。




「アテナ、王都の散策にでも行こうか」


 せっかくの休日、部屋で休むだけでは勿体ない。異世界の街を満喫しようでは無いか。ということで、我々は服を着替え、先日エリスから貰った報奨金を握りしめて街へ向かった。


 王宮の門を出ると、昨日馬車で通った大通りに出た。酒飲みで溢れていた夜の光景と打って変わり、朝の王都は買い物客が行き交うマーケットとなっている。大通りの両面には屋台が立ち並び、武器から食料品に至るまで様々な商品が販売されていた。


「今日は魚が安いよー! さぁ買った買った」


「こちら剣の素材は鋼で出来ておる。鉄の剣と比べて、強度と靭性に優れているのじゃ」


「今日の目玉商品は異国で大流行しているこの衣服です! その値段、なんと驚きの3500デナリウス!」


 商人や冒険者で溢れ変えるその光景は、異世界へやってきたことを改めて再認識させてくれた。しばらく見て回っていると、アテナのお腹から音が聞こえてきた。


 「す、すいません~」


 「はははっ。腹が減ったのか、そろそろ朝飯にしよう」


 適当な店に入り料理を頼んだ。因みに、アテナはアンドロイドであるが神による改造で、食事を摂取することによりエネルギーを充填する仕組みとなったらしい。


 いや、もう完全に人間では無いか。



「アテナ、王都を見た感想は?」


「はい、想像以上の活気ですね。正直驚きました」


「なるほど。確かに大通りの活気は目を見張るものであったな。しかし、私には1つ気がかりなことがある」


「気がかりですか?」


 そう、昨日のエリス曰く、この活気は、モンスターの大量発生によって、多くの冒険者がルシタニアへ流入したことが原因である。要するに、特需景気とでも言う状況だ。


 現在の王都は冒険者の後方基地として、大いに活況を呈しており、特に、酒場や武器関連の店は最も恩恵を得ているだろう。しかし、手放しで喜んで良い状況だろうか? 


 例えば、モンスターの大量発生により、地方の農畜産業は深刻な打撃を受けているのではないか。食料価格は高騰し、食料危機を引き起こしている可能性があると考える。


「要するに、先ほどの活気ある光景は、この国の全てでは無いということだ。かならず何処かに歪みが存在すると考えている」


「な、なるほど」


 朝食を食べ終わったら、少し調査してみようか。この休息期間中に、王都に蔓延する問題を探し出して、解決策をルシタニア王に上奏すれば我々の評価が上がること間違いなし。王との信頼関係を深めて、より大きな権力を獲得しようではないか。


 こんな妄想をしていると、料理がやってきた。早速、アテナが目を輝かせて、飛びつく。


「い、いただきまーす!」


 アテナは見かけによらず良く食べる。果たして神が食いしん坊キャラにでもしたのか?


 食事を終え、我々は王都の中心地から外れた場所へと足を運んだ。すると、人通りは徐々に減り、さっきまでの活気は噓のように消えた。この光景を目にし、アテナが思わず口を開く。


「ここは本当に同じ王都なんでしょうか」


「うむ、まさかこれほどとは」


 商店は閉まっており、路上にはボロ雑巾のような恰好の人々が生気無く座り込んだり、寝転んだりしている。


 我々が足を進めると、前方に足を引きずって歩く中年男性が居た。怪我でもしているのかと思い見ていると、突然倒れ込んでしまった。見かねた私たちは、彼の方へ駆けて手を貸す。


「大丈夫か?」


「ああ、済まない。ありがとう」


「一体どうしたのだ。怪我でもしたか?」


 中年男性は私の手につかまって立ち上がり、こう答えた。


「それが、分からないのだよ。徐々に足の感覚がおかしくなって、今はこのザマさ」


 なるほど、何かの病気か。そう考えていると、次に発した中年男性の言葉が、原因を解き明かすきっかけとなった。


「これは俺だけじゃなくて、近所の人たちも同じ症状を患っているのだよ」


「近所の人も?」


「そうそう。しかも、聞くところによるとルシタニア王国各地で同様の患者がかなり発生しているそうだ。それもここ1年ほどの間で」


 まさか! と秋山は思った。彼の頭の中では、足の感覚麻痺、モンスターの大量発生、食料危機、栄養状態、などの言葉が駆け巡る。


「おじさん、少し実験をして良いか?その症状の原因が判明するかもしれない」


「お、おう。ぜひ頼むよ」


 我々の行う実験とは非常に簡単なものである。皆さんも中学校で習ったのではないだろうか? その方法は、足が地面つかないようにして座り、膝の下あたりを軽く叩くのである。




 それをおじさんに対しても行ってみた。すると、あるはずの足の反応が無かったのである。秋山はアテナと顔を見合わせこう言った。




「これは、脚気かっけだ!」




 こうして、秋山達は、ルシタニア王国に蔓延する病症の原因を特定したのである。

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