第11話 王国に巣食う病巣

 秋山達はルシタニア王国に蔓延する病を脚気かっけとして結論づけた。


 王都では、この正体不明の不気味な病が大いに恐れられていた。原因について、ある者は神が下した罰だと言い、またある者は悪魔が脚に取り憑いたとも言った。



 脚気、それはビタミンB1の欠乏によって起こる病である。末梢神経や中枢神経がおかされ、全身の倦怠感や食欲不振、手足のしびれなどが症状として挙げられる。重症化すると心不全を起こして死に至ることもある恐ろしい病気である。


 日本では江戸時代に、その病が流行した。当時、江戸の人々が玄米から白米食へと移行した結果、ビタミンB1不足となり脚気が発生したのである。明治時代に入っても原因は分からず、特に陸海軍において発症率が高かった。さらに、大正時代の1923年には脚気死亡者数が年間約2万7千人まで増加し、結核と並ぶ2大国民病とまで言わしめたのである。




 その脚気がルシタニア王国でも大流行しているのである。恐らく原因は、魔獣の大量発生による食糧危機が関係するのではないだろうか。ともあれ、まずは王に伝えなければ。


我々は宮殿へと急ぎ謁見の間に入った。すると、先客が居たのか、複数の高貴な恰好をした人々の姿があった。おそらく貴族であろう。


 まず、王が口を開いた。


「そなたらは休日のはずであったが如何した?」


「はい。今ルシタニアを騒がせている奇妙な流行り病に関して、王陛下にご報告頂きたく存じます」


「流行り病のことか、それは私も頭を悩ませておる問題だ。それで?」


「はい。先ほど、その正体が分かりました」


「なんと! それは誠か?」


 王は歓喜の表情を浮かべ、玉座から立ち上がった。


「その病、我が国では脚気かっけと呼ばれており、食事から得られる養分が欠乏することにより、発症するとされています。したがって、治す方法としては、欠乏した養分を補給すれば良いのです。」


 私の発言に興味を持つ王とは反対に、貴族達は眉をひそめていた。そして、その中の一人が声をあげた。


「貴殿は流行り病の正体を突き止めたと申すが、目先の功績欲しさに嘘を申しているのではあるまいな?」


 まあ、功績が欲しいのは事実であるが…、決して嘘をついているわけではない。


 この言葉をきっかけに他の貴族達も堰を切ったように喋り出した。


「ローラシア随一の名医でもこの病の正体を見破ることが不可能であったのに、どこの誰とも分からない貴殿の意見をどうして信じられようか」


「そもそもこれは病では無く、悪魔による仕業であるぞ」


「貴殿は王陛下に流言を唆すのではない! 誠に無礼である!」


 秋山は、この貴族達とのやり取りで全てを察した。なぜ聡明な王が居ながらルシタニアは衰退の道を進むのか、それは目の前に居るこの傲慢で保守的な愚者共が原因である、と。


 王は沈黙を保っていた。そう、ルシタニアにおいて、王権は絶対的なものでは無く、その他貴族と同列の権限でしか無いのである。これを良く理解している王は、貴族と無為に争わず、自身の意見を胸の内に押しとどめていた。


 貴族達の口撃がやみ、しばしの間沈黙が流れた。そして、秋山はゆっくりと口を開いた。


「分かりました。確かにあなた方から見て、私はペテン師かもしれません。突然やってきた政治顧問を信じることは難しいでしょう。しかし、相応の責任を持って発言していること事実です。もし失敗すれば如何なる処罰も受けると、ここに宣言します」


 それを聞いたある一人の貴族はこう答えた。


「如何なる処罰も受けると申したな。では、失敗したら貴殿には死んでもらおう」



 これを聞いたアテナはこちらを振り向き、首を横に振った。


 ……いや、ここで引いてはいけない。



「承知しました。受けて立ちましょう」


「よろしい。ではせいぜい頑張るが良い」


「一つ宜しいですか」


 フェアトレードと言うものを教えてやろう。


「なんだ?」


「私だけがリスクを負うのはアンフェアですよね? したがって、私の案が成功した暁にはあなたも相応の罰を受けてもらいましょうか?」


 その言葉を聞いた貴族は、傍から見ても分かるように怒りの顔へと変貌し声をあげた。


「貴様! 私をコンピエーニュ侯爵ベルナドットと知ってのことか?」


 謁見の間に緊張が高まった。すると、今まで沈黙していた王が口を開いたのである。


「ベルナドット侯爵よ、まずは落ち着かれよ。そして秋山殿、先ほどの話の続きをしてもらえないだろうか」


「承知いたしました。先ほどは欠乏した養分を補給すれば治るということまで話しましたね。次に何を食べれれば良いかということですが、私は豚肉が最も最適であると考えます」


「ほう、なるほど。豚肉か…。分かった、そなたの案に乗ってみよう。その代わり、失敗すれば罰を受けてもらう。そうだな…鞭打ち10回でどうだろうか」


「かしこまりました」


「よろしい。では、予算も人もこちらで用意する。そなたの実力とやらを見せてもらおうでは無いか」


 王は、密かに期待を胸に秘めそう指令を下した。こうして、政治顧問としての職務が始まるのであった。





 そして、夜にはエリスが部屋に飛び込んできて、こう言うのである。


「あなたたち、聞きましたわよ。ベルナドット侯爵と喧嘩したんですって?」


「まあ、そういう感じになったな」


「はぁ……、呆れた。ベルナドット侯爵は王に次ぐ王国第2の権力者でございますわよ。そんな方に喧嘩を売るなんて、命知らずにもほどがありますわ」

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