第22話 襲撃

 左肩が燃えるように熱い。そして、出血もしている。一体何がどうなっているのだ。


 頭を振り向けて、その部分を目で直接確かめる。


 これは……。矢が刺さっている


 ……しかし、なぜ急に矢が。一体、何が起きているのだ。


 私は混乱する頭を整理する。



「おい、大丈夫か!」


 最前列に居たジョエル達が事態に気付き駆けつけてきた。


「ご、ご主人様ああぁ。だ、大丈夫ですか!?」


 アテナは半泣きになって取り乱している。


「アテナよ、そう心配するな。この程度、致命傷では無い。」


「で、でも。血が! 血がたくさん出ています!」


 血が私の二の腕を伝って肘から滴り落ち、地面に赤い水たまりを作る。


 


 傷の手当をしたい所であったが、息をつく暇もなく次の展開が訪れた。





 斜面の上にある藪が揺れ、何かが出てくる。




 モンスターではない……。




 人間だ! 全身黒ずくめの服装で、仮面を被った集団が現れた。




「な、何者だ!」


 やつらは我々を取り囲み、襲い掛かって来た。


「くそっ」



 ジョエル・ドルジ・ジョンが攻撃を食い止める。アンは後方で補助に回った。


 この集団、かなりの手練れだ。中級冒険者のジョエル達と互角に渡り合っている。


「おいっ、一人そちらへ向かったぞ!」


 ジョエル達の隙間を通って、一人が剣を構え突撃してくる。私は咄嗟に火縄銃を持ち攻撃を防いだが、衝撃で地面に倒れてしまった。



 敵は、すかさず私の上に馬乗りとなり、剣を喉元に突き立てる。



「きゃああああああああああっ」



 アテナの絶望に満ちた悲鳴が聞こえた。



 眼前に突き立てられた剣が夕焼けを反射している。



 ……終わった。



 人間、死の間際になると冷静になるらしい。この時、私の感情は恐怖では無く悔恨であった。



 異世界に転生して、ようやく近代化への道が軌道に乗ったと思ったのに……。こんな形で幕が降ろされようとは……無念だ。




 しかし、奇跡というものは案外存在するらしい。




 「ぐはぁっ……」




 私はその光景を見て目を疑う。




 馬乗りになっていた男が力無く倒れ込んだ。



「一体、どういうことだ……」


 上体を起こしてその様子を確認する。


 矢だ。側頭部に矢が刺さっている。しかし、どこから飛んできたのだ……。


 その瞬間、彼女の声が聞こえてきた。



「おーーい、大丈夫? 一体どうなってるの、この騒ぎ!」



 そう、リーネである。彼女の攻撃が、男を葬り去った。


「リーネさん!」


 アテナの表情は絶望から希望へと変わる。


「遅かったじゃないか」


「仕方ないでしょ、靴紐がほどけたんだから。……て、あんた、その左肩どうしたの!? ちょっと見せて!」

 

 彼女は私の服をまくり上げる。


「うーん、無理に抜くのはダメそうね。止血だけしとくわ。まずは目の前の敵をどうにかしないと!」


 そう言って、止血を行ってから、弓を構え攻撃を始めた。


 彼女が来たことにより、敵が次々と討ち取られる。


 形勢は変わった。





「アテナよ。我々もこうしてはいられない。火縄銃の装填を始めてくれ」


「は、はい!」


「私はこの通り戦いに参加出来ない。君が皆を助けるんだ」



 一度、状況を整理しよう。我々が今居るのは複雑に湾曲した山道だ。その両面は、切り立った斜面と深い谷に囲まれている。どのようにして、ここから脱出しようか……。


 私は後ろに流れる谷川に目を向ける。


 うーん、深すぎる。ここから飛び降りて脱出することは少し厳しい。やはり、正面突破しか選択肢は無いか……。




 装填中のアテナに伝える。


「アテナ、君の攻撃がこの局面を打開する鍵だ。火縄銃の威力と射撃音で敵が怯んだ隙に、正面突破を行う。」


「はい!」


 隣で弓を放っているリーネにも問いかける。


「どうだ、突破できそうか?」


「うーん。何とかして見せるわ」



 この時、後方の敵が弓を取り出している姿が見えた。おそらく劣勢を巻き返そうとしているのだろう。



「おい、リーネ! 攻撃が来るぞ!」


「オッケー! 任せといて」


 弓を構えた敵は3人。詠唱を初め足元に魔法陣が展開される。


 対してリーネも詠唱を始めた。


「大いなる大地よ風よ……」


 果たして、彼女は弓を構えていないが一体どうするつもりなのだろう……。


 そんなことを考えていると、敵が弓を放った。私たち目掛けて矢が襲い掛かる。




「ダス・ウィンド!」



 リーネの声が響いた。


 

 それと共に突風が吹く。


 

 そう、風で矢の軌道を変えたのだ。


「ふふんっ! どうよ、凄いでしょ!」


 逸れた矢は私たちの足元に着弾した。




 ……だが、物事は上手くいかないものである。



「おい、この音はなんだ?」


 何かの物体が割れる音がする……。


「確かに、何かしら」


 その音の正体を探すために、目を動かす。


 あ、見つけた……。


 私の目線の先では、矢が着弾した地面から亀裂が走っていた。


「リーネ……あそこ」


「……あ」


 だが、気付いた時にはもう遅い。亀裂はさらに広がり、足元の地面は轟音と共に崩れ落ちた。私たちは深い谷へと真っ逆さまに吸い込まれていった。





 アテナ視点



「えっ…………」


 彼女はその光景をただ茫然と見ているしかなかった。一瞬にして、大切な親友と想い人が、深い谷の中へ消えたのである。


「いやあああああああああぁぁぁぁっっっ!!」


 状況を理解し声にならない悲鳴を上げた。


「うぐっ。ごしゅじんさまああ、りーねさんん……。いやだ、死なないでえええ!」


 下の谷では、急流が勢いよく流れるだけで、秋山とリーネの姿は全く確認できない。アテナは、絶望に打ちひしがれ、ただ涙を流すことしかできなかった。


「うぐっ、ひっぐ。なんでぇ……なんでぇぇぇ!」



 その時、ジョエル達も異変に気づいていた。


「おい、リーネと秋山が下に落ちたぞ!」


「大変じゃ!」


 助けに行きたい気持ちで山々だったが、敵の攻撃が激しさを増す。


「くそっ、こいつら……」


 ジョエル達の防御は突破され、数人がアテナの方へ向かった。


「おい、嬢ちゃん! そっちに敵が向かったぞ!」


 剣を構えた敵がアテナに近寄ってくる。絶望のどん底に落ちていた彼女にとっては酷すぎる状況であった。


「ひぃ………いやだ……。こ、来ないで………」


 彼女は徐々に崖際へと追い込まれていく。




 もういやだ……、誰か助けて。 ご主人様、リーネさん……。

 


 彼女の頼りとする2人は、深い谷へと消えた。もう万策尽きたと思われた時、頭の中に彼の声が響く。



 "君が手に持つその武器の力を信じるんだ。"

 

 "君の攻撃がこの状況を打開する鍵だ。"


 

 彼女は、手に握る武器の存在を思い出した。そう、主人と共に作り出した科学の武器。彼女に託された人類の希望。火縄銃である。



 ご主人様、ありがとうございます。おかげで進むべき道が分かりました。


 ご主人様とリーネさんは絶対に生きています。この状況を私が打開して、助けに行きますから!


 

 そう心の中で誓い、銃を構えた。狙うは真ん中に居る敵の脳天。


 

 例え相手が人間でも、今まで戦ってきたモンスターと同じです。落ち着いて、狙いを定めます。


 

 そして、彼女は引き金を引いた。



 爆音と共に弾丸が射出され、敵兵の頭を貫く。


 

 この光景に、敵兵は天地がひっくり返るような衝撃を受けた。この得体の知れない兵器の存在は、敵兵を撤退させるのに十分であったのだ。


 リーダーと思われる人物が退却の指示を出す。


「おい、何やってるんだ…」


 なんとこの時、敵の集団は転がる味方の死体に火をつけた。


「まさか、証拠隠滅」


 この得体の知れない集団は、全てを徹底していた。たとえ仲間の死体であっても、証拠隠滅のために焼却するのであった。


 敵は藪の奥へと消えた。アテナの覚悟により、この状況を打破できたのである。そして、秋山とリーネの捜索のため行動を始めるのであった。

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