第2話 サバイバル
目が覚めると、私は森の中に居るようだ。ぼやける視界には、木の葉の隙間から漏れる柔らかい陽光が差し込んでいた。ここが異世界か、と寝ぼけた頭で状況整理をしていると、聞きなれた声がした。
「ご主人様。お目覚めになられましたか」
その声と同時に、アテナが顔を覗き込んできた。
「やあ、アテナ。私はどれほど寝ていた」
「1時間程です」
「少し寝すぎたか。心配かけたな」
「いいえ、ご心配なさらずに。ご主人様ったらとても気持ちよさそうに寝ていらっしゃるので。起こすのも億劫だったのです」
そういってアテナは微笑んだ。風に吹かれて揺れる髪からは、目を閉じたくなるほどの良い香りが漂ってきた。
神が改良すると言っていたが、これはもうアンドロイドと言うより人間ではないか……。
しばらく休憩してから、今後の行動を決めた。おそらく現在の時刻は正午頃だろう。日没までに水・食料・火・シェルターを確保しなければならない。
まず必要なのは水である。これが無ければ数日で死に至ってしまう。
我々は尾根道を下り、谷を目指した。30分ほど歩き続けると、上の方で見られた針葉樹はほとんど姿を消し、辺りは広葉樹が多数を占めるようになった。明らかにバイオームが多様化してきている。水が近い証拠だ。
もうしばらく山を下ると、遠くの方から水が流れる音が聞こえ、木の切れ目から、キラキラと光る水面が確認出来た。我々は駆け足で近づいていくと、そこには幅10mほどの川が流れていた。
よし、これで水の確保は完了だ。食料も付近には豊富にあるだろう。
「アテナ、君には食料を採取してきてほしい。危険なので、あまり遠くに行かないように」
「了解です!」
アテナは川の下流の方へ向かった。
そして、私は火の確保だ。火起こしに使えそうなモノを探していると良いものを発見した。これは、石英だ。太古の昔から火打石として使用されている。幸い湿気はあまり無かったので、すぐに着火できた。
しかし、この気候とバイオームは、ヨーロッパと似ているな。季節は春か。おそらく夜は寒くなるから、シェルターはしっかりと作らないと。
2人分のシェルターを作っていると、アテナが食料を確保して戻ってきた。両手にマス科に似た魚をぶら下げている。
「ご主人様ー! とれましたよ」
「素晴らしい。君の功労は柏葉付騎士鉄十字章に値する」
「ありがとうございます!」
日が暮れるまでに、火・水・食料・シェルターの確保が出来た。我ながら、初めてのサバイバル生活にしては上々では無いか。
こうして、異世界転生1日目は無事に終えることが出来た。
そして寝る前に、アテナとの作戦会議が始まった。
「やはり、覇権を打ち立てるには、文明の発展が必要だと考える」
「文明ですか……」
そう文明である。
我々の強みは何であるか? それは現代文明の知識とそれに至るまでの過程を知っていることである。
例えば、18世紀半ばにイギリスにて発生した産業革命がある。これまで人力で行っていた作業が機械に代替され、生産効率の爆発的向上が起こった。よって、イギリス帝国は軍事力と経済力で他国を圧倒し、世界の覇権国家として君臨したのである。
では、異世界にて産業革命を起こせばどうなるか? おそらくイギリス帝国と同様の結果を得ることが可能だろう。
したがって、近代化が必要なのである。産業を中心として、政治・社会・科学と全ての分野を発展させるのだ。異世界にて近代国家を建設し、魔法やモンスターに対して優位性を確立しなければならない。
そんな話をして、我々は眠りについた。
日は昇り朝になった。
今日の目標は川を下ることにした。基本的に川の下流には、人口密集地帯が存在するからである。
そして、川を下っていると、5時間ほど歩いた場所にて驚くべきものを発見した。
「アテナ。何か変な匂いしないか」
「炭化水素の成分が検出されています!」
この匂い、ガソスタや灯油ストーブで嗅いだことがある。まさか、アレが存在するのか。
「アテナ! これを見てくれ!!」
秋山が指差した先には、黒色の液体が流れ出ていた。その独特な匂いを発する液体は、現代人には馴染み深いものである。
「これ、間違いないよな。」
「はっはい。これは、石油です!」
素晴らしい、まさに天からの恵みだ。そこら中の地面から染み出している。これは近代国家の建設も夢では無いぞ。
「アテナ。この地点を記録しておいてくれ。かならずに役に立つ」
石油発見の興奮も止まぬ中、アテナの生体感知器に反応があった。
「ご主人様! 3時の方向約150m先に1体の生体反応があります」
「なに。動物か?」
「おそらく人間の可能性が高いかと」
生体反応の方向へゆっくりと足を進めると、その正体を発見した。
そこには、異世界人が木の幹に腰を掛けて座っている。性別は女性であり、年齢は10代後半と言ったところだろうか。彼女に声をかけてみることにした。
隠れていた草むらから出て、彼女との距離を縮める。
「おーい。大丈夫か?」
いよいよ異世界人との初の対面だ。鬼が出るか蛇が出るか、期待と不安を胸に、ゆっくりと近づいていった。
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