第4話 モロトフカクテル


? なんですかそれは」


 

 モロトフカクテル、それは全てを焼き尽くす科学の業火。出自は、1939年にソ連軍がフィンランドに侵攻した際の冬戦争である。現在に至るまで、幾多の戦争・紛争において、猛威を振るってきた。


 この兵器の長所は、なんといってもその手軽さにある。ガラス瓶に可燃性の液体を充填するだけで完成する。



「まあ、火で相手を攻撃する兵器さ。オークにも効果はあるはずだ」


「なるほど。それはあった方が心強いですわね」


 さあ、善は急げだ。早くしないとオークに見つかってしまう。


「アテナ。石油が湧いていた場所は分かるな?」



 我々は先ほどの油田地帯へと戻ってモロトフカクテルを製作し、いつでも着火出来る体制を整えた。本来は原油を精製したガソリンを使用したいところだが、今は不可能だ。まあ、戦車を相手にする訳じゃないから十分に効果は期待出来るだろう。


「これでオークに勝てるのですか?」



 エリスはこの兵器の力を疑っている。無理もない、壺に黒い液体を入れただけの即席兵器だから。


 


 我々は森の出口へ足を進めた。


 このとき、エリスから異世界の情報を色々聞きだした。



 まず、この世界はローラシアと呼ばれており、現在、我々が居る場所は大陸の端に存在するルシタニア王国の領域であるらしい。


 この世界に魔法は実在するが、それを使用出来る人類と出来ない人類が存在する。他種族として、各種モンスターや、エルフやドワーフなどの亜人も存在するようだ。


 彼女のおかげでこの世界の概況は理解出来た。


 しかし、一つ疑問がある。


「そういえば、この辺りは、オークが出没したことは無かったそうだな。なぜ今になって出没したか、原因は分かるか?」


「……おそらくですが、ルシタニア王国の力が弱体化していることが原因ですわ」


「ほう…。それはなぜだね?」


「それは…」


 そう言って、エリスは顔を曇らせた。





 と、その時、前方の草むらが揺れた。





「モンスターか?」


「はい。おそらくそうですわ」


 その中から巨大な生物が現れた。青い肌に彫刻のような筋肉質の体、身長は3mほどだろうか。そして、醜い顔、口には鋭い牙、右手には巨大なこん棒を持っている。



「オ、オークですわ……」


 エリスが小声で呟く。


「ほう、こいつがオークか……」


「関心してる場合ではありませんわ」

 


 ヤツは我々の存在に気付き、地を鳴らしながらこちらへ向かってきた。地の底から湧いてきたような唸り声が辺りを支配する。



「こ、こちらへ来ましたわよ。逃げましょう」


 エリスは完全にビビっている。しかし、ここで逃げるわけにはいかない。


「何を言ってる? せっかくここまで来たのだぞ。もし今逃げたら日の出ているうちに森を抜けることは不可能だ。想像してみろ、真っ暗闇の中オークが来たらどうする」


「そ、そうですわね。その通りですわ」


 非常時こそ冷静にならなければなる必要がある。今ここでヤツを倒さなければならない。





「よし、アテナ! 着火を頼む」




 モロトフカクテルに火をつけ右手に構える。ヤツは図体が大きいため動きが遅い。走る速度は時速15kmぐらいだろうかマチャリ並みの速度である。ゆっくり、焦らずに引き付ける。




 あと20m、15m…。



 目に映る青い巨体が徐々に大きくなってくる。耳に入る唸り声も、聴覚をより強く刺激する。




 よし、今だ。



 

 私の手から放たれたモロトフカクテルは、吸い込まれるようにオークへ向かった。





 そして、胸元辺りに命中する。





 壺の割れる音と同時にヤツの身体は火に包まれ、断末魔のような声を上げた。




 ……この距離からでも熱を感じる、凄まじい威力だ。


 

 素晴らしい!



 石油の蒸発燃焼よ! 異世界の怪物を焼き尽くせ。



 科学技術の尖兵よ! あの怪物を冥土へと送るのだ。




 10秒もしないうちに絶命し、音を立てて地面に倒れ込んだ。


 奴の体にがまだ炎が纏っており、徐々に炭化している。辺りは肉の焼ける匂いが立ち込めた。




「ふう、上手くいって良かったよ」


「ご主人様! やりましたね!!」


 子犬のように飛び跳ねているアテナに対して、エリスは未だに起きた事実を飲み込めずにいた。


「どうだい、モロトフカクテルというものは素晴らしいだろう」


「えっええ…。とても、凄いですわ…」


 待ってください。壺に黒い液体を詰めただけのモノがあれ程の威力ですって! 意味が分かりませんわ。オークを一撃で葬るなんて、中級魔術師でも難しいのですよ。この人たちは一体何者ですの。


 エリスはただ茫然としていた。


「他のオークは寄って来る前に、さっさと森を出よう」


「はっはい」


「了解です!」



 30分ほど歩くと森を抜け視界が開けた。奥の方には集落が見え、さらに先の地平線には真っ赤な太陽が沈みかけていた。



「ふぅ。どうにか日が沈む前に集落に出ることが出来たな」


 こうして、秋山一向は集落に向かったのであった。



 これにて一件落着、無事オークを撃退して森から脱出することが出来た。だが、これは始まりに過ぎない。異世界の大地よ待っているが良い。今に文明開化の音がこの地を駆け巡るだろう。

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