第7話 シュバルツ

 オークが前方から姿を現した。そして、我々の存在に気づき、巨体が地を揺らしながら近づいてくる。


 ジョエルは各メンバーに目で合図をした。



 「よし皆! 行くぞっ!」



 彼は剣を引き抜きオークの元へ駆ける。その後ろにドルジとジョンがついて行く。


 弓使いリーネと魔導士アンは後衛である。




 「いい? あんた達は手出し無用よ。そこで見学してなさい。あんなオーク、私たちの敵じゃ無いんだから」


 相変わらずリーネは気が強いお嬢さんである。




 そして、ジョエルがオークまであと30mほどの距離まで近づいたとき、魔導士アンが詠唱を始め、足元には幾何学模様の魔法陣が出現した。


「母なる大地よ、豊かなる大海よ、大いなる天空よ。我の願いを申し上げ奉る。彼に力を授け給え。ダス・エンハンス!」


 ジョエルは赤いオーラを身に纏う。


「サンキューなアン!」





 なるほど、これが魔法か……。


 好奇心からどのような魔法であるかアンに問うてみた。





「ジョエルには何の魔法をかけたのだ?」


「えっはい。先ほどのものはエンハンスと言いまして、攻撃力向上の魔法なのです」


ふむ、なるほど。興味深いな。


「はいそこ。戦闘中に話しかけない!」


「も、申し訳ない」


 リーネに叱られてしまった。まあ、興奮して話しかけた私が悪いのであるが…。





 話は戻り、前衛のジョエル達はついにオークのすぐそばまで迫った。


 ヤツは右手に持ったこん棒を振り上げる。




「攻撃が来るぞ! 作戦通りに動け!」


 ジョエルの掛け声とともに、ドルジは盾を構えて正面へ出た。





「我に力を。ダス・ウォール!」





 彼は盾を地面に突き立てた。次の瞬間、オークのこん棒が振り下ろされたのである。


 辺りに、交通事故のような鈍い音が響いた。


 果たして、彼は大丈夫なのか、原付衝突ほどの衝撃だと思うのだが…。


 しかし、私の心配をよそに彼は見事にオークの攻撃を防いでいた。


 これも魔法の力ということか。


「長くは持たん。後は頼んだぞ!」


「おうよ。任せとけ!」


 ジョエルが前へ出る。



「我が剣に力を。デア・ブレイド!」



 詠唱と共に剣は光を纏い、オークの右手へと振り下ろされた。


 剣は関節の間に切り込まれ、丸太のように太い腕をいとも簡単に切り落とした。


 辺りには血しぶきは飛び散り、奴の右腕は地面へ転がり落ちる。


 関心するのも束の間、次は槍使いのジョンが攻撃を始めた。



「我が槍に力を。デア・ランス!」



 オークのアキレス剣が断ち切られ巨体は音を立てて地面に崩れた。



「リーネ! 今だ!」



 彼女が詠唱を始める。



「母なる大地よ。風よ。我が弓に力を与え給え」



 辺りに強風が吹き始めた。彼女の弓に魔力が込められてゆく。



「ダス・ウィンド!」



 その声と共に弓が射られた。オークに向かって一直線に飛ぶ。


 そして、脳天に突き刺さった。


 即死である。


「どう? これが私たちの力よ」


 リーネは自慢げにそう言ってきた。確かに、素晴らしい連携である。




「しかし、ジョエル。良くあの右腕を切り落とせたな」


 ドルジが言う。


「やはり、アンと俺の魔法を重ねたら、相当な威力が出るらしい」


 なるほど、魔法と言うのは重ねることも出来るのか。いやはや、さらに興味が深まる。


「さあ皆。ポーションで回復しだい移動を始めよう」



 回復が終わり、移動しようとしているところに再び足音が聞こえてきた。



「まさか、先ほどの騒ぎを聞きつけて、オークが集まってきたのか」


 ジョエルの推測は正しかった。森の奥から、オークが姿を現す。



 しかも3体である。




「3体か……少しきついかもな」


 ジョンが不安げに呟いた。


「大丈夫だ。俺たちなら何とか出来るさ!」


 ジョエルはこの場を切り抜けるための作戦を伝えた。まず、前衛の3人でオークを抑え、その隙にリーネとアンが狙撃することで、一体ずつ削っていくのである。




 個人的に、この作戦には反対である。アウトレンジで敵を削るという戦術面では申し分ないのだが、より視野を広くして見るべきである。我々は戦うという選択肢の他にという選択肢がある。


 まず、オークが3体だけである可能性は無い。もう1匹、2匹と来てもおかしくないのである。わざわざ不利な状況で戦う必要は無い。ここは、一旦引いて、援軍を待ち、態勢を整えてから戦う方が良いと考える。





 その旨をジョエルに伝えた。


「ここは、一旦引いて体制を立て直した方が良いのでは?」


「その気持ちも分かる。でも、俺たちはこんなピンチ何回も乗り越えてきた。今回も大丈夫だ」


「あんた、さっきの戦い見たでしょ? オーク3匹でも楽勝よ。しかもね、冒険者がのこのこ撤退して、助けを求めるなんて、こんな恥ずかしいことは無いわ」


 リーネが噛みついてきた。


「恥ずかしい、か。そのプライドと命、どちらが重要かね」


「うるさい! 私たちは冒険者。魔物や魔獣から民衆を守る存在よ。そんな私たちが逃げて、他の誰が守るって言うの。」


 なるほど、それが言いたかったのか。しかし、この考えは理論的に破綻している。


「甘い! では、君が無理な戦いをして死んだらどうする?誰が民衆を守る?」


「あんたね……!」



 私とリーネはお互い睨み合う。見かねたアテナとアンが仲裁に入った。



「は、はぅ~。ご主人様、喧嘩は良くないのです」


「な、仲直りしましょ」



「うむ。まずは目の前の敵に集中しよう」


 ジョエルもオークの方を見て答えた。結局、戦うことになってしまったか。仕方ない、我々は予備軍として後方に待機しておこう。


「ふんっ。この戦いが終わったら覚えてなさい」


 リーネは顔を膨らましている。一体、何を覚えておけば良いのやら。


 ひと悶着ありながら、オークとの戦いが始まった。前衛の3人がオークに向かって走って行く。


 「さあ来いオークども!」


 「ここから先は通さん」


 彼らの実力は素晴らしいものだった。オークと1対1で互角にやり合っている。魔法を使えない人間なら、5人は必要だろう。


 そして、後衛の2人も狙撃の準備をする。

 

「アン、そろそろ詠唱お願い」


「了解です。母なる大地よ、豊かなる大海よ、大いなる天空よ…」


 少し遅れてリーネも詠唱を始めた。


「母なる大地よ。風よ…」





 ……と、その時であった。突然、右側の距離20mほどの深い藪の中から、唸り声と足音が聞こえてきた。



 恐れていた最悪の事態が起きた! もう一匹のオークが出現したのである。




「おい! 側面からオークが現れたぞ!」




 まずい、間に合わない!リーネとアンは心の中で悟った。




 オークは地響きを鳴らしながら走り、アンに向かってこん棒を振り上げた。彼女は死を覚悟した。


 


 誰もが絶望した瞬間、アンの身体は誰かに突き飛ばされた。彼女は、一瞬何が起こったのか分からなかったが、直ぐに自分の身に何が起きたか理解した。




「リーネ!!!」




 そう、リーネがアンを庇ったのである。オークの振り下ろしたこん棒は彼女に直撃した。鎧が割れる音と鈍い音がすると同時に、彼女の軽い身体は吹き飛ばされ、大木に叩きつけられた。





「ぐはぁっ……。」





 そして、地面に力なく倒れ込んだ。

 



「リーネ! リーネっ!!」




 アンは半狂乱となっている。他のメンバーも騒然としていた。

 



 オークは倒れたリーネにとどめを刺すため、ゆっくりと向かっていった。



 

 ここで、彼女を死なすわけにはいかない!



「アテナ! 火を頼む」



「は、はい!」



 私はモロトフカクテルを持ち駆け出した。



 そして、10mほどの距離まで近づき投擲する。人間極度の緊張状態になると、動きがスローモーションに見えるらしい。オークに着弾するまで、嫌なほど時間を感じた。




 お願いだ!外れるなよ。




 祈りが通じたのか、無事にヤツの背中へ着弾した。陶器の壺は割れ、中身の石油に火が引火する。巨体は一瞬で炎に包まれた。


 そして、断末魔の叫びをあげ地面へと倒れ込んだ。辺りは肉の焼ける匂いで蔓延している。


 シュバルツのメンバーは、リーネの無事に安堵するとともに、秋山の攻撃方法に衝撃を受けた。




 「おーい。大丈夫か」


 秋山はリーネに駆け寄った。


「だ、大丈夫よ。防御魔法をかけていたから」


「いや、死んで無いだけで、大丈夫では無いだろう」


「それよりも、さっきの攻撃は何? あんた実は上級以上の魔法使いでしょ?」


「話はまた後だ。今は喋るな、痛みがひどくなるぞ」


 相当酷い打撲であった。


「アン! リーネの手当を頼む」


「りょ、了解です!」


 私は残り3匹のオークの討伐に向かった。



 こいつらは、前衛が抑えてくれていたおかげで、モロトフカクテルによって難なく撃退することが出来たのである。





「リーネ! 大丈夫か!」


 シュバルツの皆が駆け寄る。どうやら、回復魔法でかなり改善したようである。


「うん! この通り。」


「よ、良かったーっ!」


「良し。今日は村へ戻るとするか」




 しかし、リーネは歩ける状態では無かったため、一番身軽な秋山が彼女を背負って帰る事になった。




「あんた! 変なこと妄想したらただじゃおかないからね!」


「はははっ。それぐらい口が利けるなら安心だ!」


「う、うるさい!」






 そして、少し間をおいて、彼女は小さな声でこう言った。






「助けてくれて、ありがとね」




「……当たり前のことをしただけだ」





 リーネは赤面して、秋山の背中に顔をうずめた。






 その様子を見て、アテナは少し嫉妬をする。





 リーネさんだけズルいです!




 こうして、シュバルツとのオーク討伐は無事終わり、一向は村へ足を進めたのであった。

 

 

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