第23話 死線を越えて

 私は敵の攻撃によって、急流が流れる谷底へ真っ逆さまに落下した。視界には、リーネも共に落ちる様子が映る。


 今度こそ命運尽きたか……。


 背中に強い衝撃を感じると共に、体が水に包まれる。この時、私は意識を失った。




 ………。




 夢を見ていたのだろうか、それとも深層記憶の一部か。その正体は分からないが、ともかくも広大な平原に立っていた。


 ここは……、どこだ。


 辺りを見回す。緩やかな起伏をかさねあわせた平原には、木がまばらに生え所々岩肌がむき出しになっている。空気は乾燥しており砂漠に近い環境であった。


 ……何かの音が聞こえる。


 人の声だ、それも大勢の。そして馬の鳴き声や足音も聞こえる。


 起伏の影からその正体が姿を現した。


 騎兵だ! 騎兵の大軍団だ! 地を埋め尽くし、地鳴りのような音を響かせて大地を駆け抜けていく。


 その中に、一際目立つ人物が居た。大きな黒い馬に乗り、美しい金色の髪を風に靡かせて集団の先頭を疾走している。




 ……アレキサンダー大王だ!



 彼は愛馬ブケパロスにまたがり、当時世界最強であったヘタイロイ騎兵を率いて大地を駆け抜ける。ふと私の方に視線を向け、互いに目が合う。



 彼は、一瞬口元を緩ませ大地の彼方へと消えていった。




 次の瞬間、辺りの空間が変化する。




 次は……森の中だ。


 辺りには赤いマントに身を包み、大盾を持つ兵士達が居た。彼らが持つ旗には、SPQRの文字。


 ローマ軍だ!


 向こうに人だかりが出来ている。不意にその方へと足を進めた。


 その中心にある人物が居た。彼は泥だらけの恰好で馬に乗り、目の前に横たわる川を眺めている。その見た目は一般兵士と変わらない凡庸なものであったが、放たれるオーラは非凡そのものであった。



 ユリウス・カエサルだ!



 そう、ローマが産んだ大英雄である。彼もまた、私と目が合った。


「alea jact est (賽は投げられた)」


 その一言だけ呟いた。




 そして、再び場面が変わる。




 次は、深い霧が支配する平原だ。


 辺りには太鼓や笛の音が響き、大砲の射撃音が轟いていた。そして、遠くから大勢の人間の声が聞こえる。


 徐々にその声が近づいてきた。


「Vive La France! Vive La France! (フランス万歳! フランス万歳!)」


 霧の奥から姿を現したのは、戦列を組んだ兵士達だった。彼らは、深い青色が印象的な軍服を着用し、手にはシャルルヴィル・マスケットを抱えている。


 そう、この軍隊は大陸軍グラン・ダルメ。ナポレオン戦争時代のフランス軍であった。


 この戦列が私を通り越し霧の奥へと消えた後、腕を後ろに組んだ男がこちらに近づいてくる。


 この人物こそナポレオン・ボナパルトであった。



「ご機嫌如何かな? 秋山真之君」


 ナポレオンが話しかけてくる。


「あなたたちは一体……」


「まあ、少し歩こうではないか。」


 なんと奇妙なことだろう。私はナポレオンと歩を共にした。


「我が軍はいつ見ても美しい。外面においても内面においても目を見張るものがある。君もそうは思わんかね?」


「はい、同感であります。しかし、一つ聞かせて頂きたい。ここは、私の夢でしょうか? それとも死後の世界?」


 私は大いに混乱していた。それもそうだ、異世界で敵の襲撃を受けた後、アレキサンダー大王やカエサル、そしてナポレオンと出会うのだから。


 彼はゆっくりと口を開く。


「この世界は、君の意識の中でもあり、西暦1805年12月2日のアウステルリッツでもある。」


「は、はあ。なるほど……。よくわかりませんね。」


「はははっ、それもそうだろう。しかし、一つ断言出来ることがある。それは、死後の世界では無いということだ。」


 なるほど、私はまだ生きているのか……。


 その後、ナポレオンと会話しながら戦場を歩き回った。


 しばらくして彼は口を開く。


「そろそろ時間だ、場所を移動しよう。」



 そう言葉を発すると、辺りの景色は変化した。



「ここは……」


「意識と現実の狭間、とでも言えば良いかな」


 そこは、まるで宇宙空間のような神秘的な光景であった。


「秋山真之君、そろそろお別れだ。向こうで君を待つ人間が居る」


 ナポレオンは、前方に浮かぶ光り輝く点を指さした。




 そろそろ現実世界に戻れるようだ。しかし……名残惜しいな。彼と別れたくない。




「あなたが一緒に来てくれれば、どれほど心強いことか……」


「はっはっはっ! そう寂しがるでない。私は常に君の中に存在する。……そして彼らも」



 ナポレオンはそう言って後ろを振り向く。



 そこには、目を疑う光景が広がっていた。



 おおっ、アレキサンダー大王! カエサル! そして…… 



 なんということだろう。そこには、人類史に名を刻んだ古今東西の英雄と言う英雄が存在した。



 凄い、凄いぞ! オクタヴィアヌス、カール大帝、ピョートル1世、フリードリヒ大王、始皇帝、劉邦、項羽、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康、マンシュタイン将軍、ロナルド・レーガン……まだまだ居るでは無いか!



 ナポレオンが口を開く。


「これは、君が学んできた成果だ。私たちの知識、経験、思考、全てが君のモノだ」


 そう、今まで歴史を学習してきたことにより、人類史の英雄達が力を授けてくれるのだ。これは何物にも代替出来ない、最強の力である!


「困難な状況に陥っても思い出してほしい。君と共に我々があるということを」


 その言葉は何よりも心強いものであった。


「ありがとう。本当にありがとう!」


「では、征くがよい。存分に力を発揮するのだ」


 私は光の方向へと足を進めた。しばらくすると体は浮揚感に包まれ、その光に吸い込まれたのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る