第40話 パーティから三日後 1
◆
カトラン家でのパーティから三日が過ぎた。
あのダンスの後、リュシエンヌの緊張が切れてしまったのか、あまりに疲れた顔をしていたので、早めに会場を出て自宅まで送り届けた。
馬車に乗ったリュシエンヌはすぐに眠ってしまい、可愛い寝顔を見れた嬉しさよりも、今日までどれだけ張りつめた毎日を送っていたのだろうという思いで、胸がいっぱいになった。
同時にセレーネのことを思い出すと、途端に胸のなかに煙が立ち込めるような息苦しさを覚えた。
翌日、セレーネのことが気がかりで、開館前に図書館へ立ち寄った。
司書見習い達の中に、セレーネの姿はなかった。
彼女が遅刻をするわけがない……そう考えていると、俺の姿を見つけたルルが書架の奥から駆けてきた。
ルルの話によると『体調が悪いため当分休みます』と、グレイス館長宛てにセレーネから連絡があったそうだ。
そこまで伝えた後、ルルは気まずそうな顔で質問してきた。
「何があったのかわからないけど、もしかしてセレーネとリュシになにかあったの?」
あの日裏庭で、俺とアレシアとセレーネがいるところに、リュシエンヌと一緒に現れたルル。
その時、場の雰囲気を咄嗟に読み、ひとりで会場に戻っていったので、どんな揉め事があったのか知らないはずだ。
それなのに、なぜ、セレーネとリュシエンヌふたりの事だと思ったのだろう?
どう答えていいか考えていると、当たりをきょろきょろと見回し、人が少ない場所へと手招きされた。
ルルは、とても言いづらそうな表情で、ルドウィクだけの胸にとどめてほしいと、小さな声で話し始めた。
「わたし、セレーネから『リュシに意地悪されてる』って聞かされたことがあったの……ふたりは仲が良いでしょ、だから余程の大喧嘩でもしたのかなあって、その時は思ってた」
ルルは、更に声のトーンを落とした。
「その一週間後くらいかなあ、作業をしていた時、セレーネの足に大きな青あざが出来てるのが見えたの……あまりに痛そうで、どうしたのかって聞いたら……」
一瞬くちごもり、ルルは小さなため息をついた。
「セレーネは困った顔で笑いながら『リュシに……』って」
ルルの申し訳なさそうな表情と、思ってもいなかった言葉に声をあげそうになる。
慌てたルルが口に手を当て、しーっと抑えた。
「もちろんわたしだって、リュシがそんなことするわけないってわかってるよお。でも、あまりにセレーネが深刻な顔をするから、喧嘩じゃなかったの? って、わけが分からなくなっちゃって……。でもねその少し後に、セレーネからあのことは忘れてって言われたの。余程心配だったのか、何度も『誰にもいってないよね?』って確認されたわ」
ルルがとても複雑な表情をしている。彼女もずっと、もやもやした思いを抱えていたのだろう。
想像でしかないが、セレーネはルルから誰かに言ってほしかったのかもしれない。
人の噂というものは不思議なもので、数人の口を伝わると何倍も大きな話になっていることがある。
セレーネは、アレシアにもリュシエンヌのことを悪く話していた。
ルルとアレシア、二人がそれを完全に信じていたら一体どうなっていたのだろう……。
落ち込んでしまっているルルに、二人の間の揉め事は解決した、と伝えてその日は図書館をあとにした。
◆
リュシエンヌが死んでしまった原因は、俺の心変わりだけのせいだと思っていた。
なのに、まさかセレーネが関わっていたなんて……。
カトラン邸の裏庭、あの場所で聞き、この目で見たはずなのに、まだ信じられない自分がいる。
あの後、セレーネを送っていったクリストフは、何か話をしたのだろうか。
大きな溜息をついている自分に気づき、大きく伸びをして椅子から立ち上げる
もうすぐリュシエンヌが屋敷にやってくる。
パーティの翌日、セレーネから手紙が来たと連絡があったのだ。
すでに部屋にまでに甘い香りが漂ってきた。
リュシエンヌが来る時間に合わせて、ヨハンがなにかを焼いているのだろう。
窓から外の景色を眺めていると、遠くに雨雲が見え、今にも振り出しそうな空模様になっていた。
「……あっ!」
薄く曇った灰色の空を見て思い出した。
あの婚約破棄証明書……どうなっているんだろう。
パーティは終わった、俺の気持ちは何ひとつ変わらない。
彼女も同じだと思っていたが、今回のことで、何か気が変わったりしてないだろうか……?
急に不安になり、背中がむずむずと落ち着かない。
部屋の中をうろうろしていると、扉をノックする音が聞こえ、続いてヨハンの声がした。
「坊ちゃま、パーヴァリ家の馬車が到着いたしました。客間へお越しください」
「ありがとう、すぐ行くよ」
「私は支度がありますので、これで」
扉を開けると、ヨハンはにっこりと微笑んで頭を下げ、廊下へと消えていった。
ヨハンは昨晩から、リュシエンヌが来るというのではりきっていた。
いつも美味しそうに食べてくれるあの顔を見ると、嬉しくなってしまうだろう。
リュシエンヌの笑顔思い出し、婚約破棄証明書の不安を抱えながら、部屋を出た。
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