第37話 6月28日 カトラン子爵邸 裏庭1
6月28日 カトラン子爵邸 裏庭1
◆
「どうしてなんだセレーネ? まさか本当に君だったなんて……」
セレーネはぎこちない笑顔をつくり、俺とアレシアを交互に見ている。
倉庫の黄色い灯りの中、三人の間に重苦しい空気が流れた。
「右手に持っ……」
「なに? どうしたの二人とも?」
扇子のことを問いただそうとした瞬間、セレーネが目を見開いて、わざとらしいくらいの声をあげた。
その声に驚いたアレシアは、一歩後退り、俺の肩に体が少し触れる。
アレシアの様子を確認したセレーネは、口の端を少しだけあげると、一段と大きな声で話し始めた。
「ねえ今はパーティ中でしょ? アレシアは主役なんだからこんなところ……え? やだ、二人ってもしかして、そういう関係なの? やだ、どうしよう」
「セレーネ、そんなことはどうでもいい」
「どうでもよくないわよ! え? もしかして二人は付き合っているの?」
芝居がかったような早口で、こちらを茶化すように捲くし立ててくる。
友人に対してこのように話すなんて、不自然極まりない言動だ。
焦ってはいるが、心なしか嬉しそうな表情にも見える。
「ねえ、いつからなの?」
「なにを言っているんだセレーネ。それより、君が右手に持っているものを見せてくれ!」
「えっこれ? ここで見つけたのよ。ルドウィクったら怖いわ、どうしたの?」
自分のペースがつかめて来たのか、さっきとは違い、セレーネはやけに堂々とした態度を見せ始めた。
「それは俺達には通用しないよ」
「わたくしも……あなたがホールで扇子を持っているところ見たわ……」
加勢するようにアレシアが小さな声で呟くと、セレーネは唇をぎゅっと結び、眉を顰める。
「気のせいじゃない?」
セレーネは、アレシアの手に扇子を押し付けるようにして渡し、無表情で小屋を出て行こうとした。
しかし、扉の横に俺がいるため、立ち止まざるをえない。
その状況にクスッと笑った後、わざと聞こえるように大きなため息をつき、セレーネは俺の顔を見上げた。
「どうしたのルドウィク」
「話は終わっていないよセレーネ」
「私は話すことは特にないわ? ねえ会場に戻らないの?」
セレーネは、すっかりいつもの口調に戻っていた。
さっきまでの焦った様子も見られない。アレシアに扇子を渡したので、このまま逃げ切れると考えているのだろう。
ここで彼女を行かせてしまうとすべてが台無しになってしまう。
それに、これからまた何が起こるかわからない。
なぜアレシアにリュシエンヌを悪く言っていたのか、その真意がわからないことには、絶対にこの場所から行かせてはいけない。
「セレーネ」
「どうしたのルドウィク? ああ! わかったわリュシね。大丈夫よ、ここでアレシアと会っていたこと内緒にしておいてあげる。安心して!」
「誰もそんなこと言っていないよ。それより、君の口からリュシの名前が出たからちょうどいい、聞きたいことがある」
「なあに?」
一瞬だけ不満そうな表情をしたセレーネが、ちらりとアレシアを見た。
アレシアは、セレーネから全く目を逸らさず、姿勢も崩さない。
その態度を見て後ろめたくなったのか、セレーネは視線をはずし、また俺の顔を見た。
いつもと変わらない褐色の大きな瞳、長い睫毛が震えている。
「なんなのルドウィク?」
「君と俺とリュシの関係についてだ」
「何を急に? 私達幼馴染でしょ、それ以外に何かあるの?」
「そうか……アレシアに話していた事とだいぶ違うようだが?」
俺の問いかけに、セレーネの褐色の瞳はさらに大きく見開いた。
それでも視線を逸らさない瞳の奥には、僅かに苛立ちの色が見える。
「……知らないわ、もういいでしょ、そこ通してよルドウィク」
「それは出来ない。君がどうしてアレシアにリュシエンヌを悪く言っていたのか、理由を聞くまでは」
「……」
一瞬、セレーネの顔がゆがんだ。
そのままぎゅっと唇を結び視線を逸らす。
少し目を伏せたセレーネは、怒りなのか悲しみなのかわからない表情をしている。
「セレーネ」
「もう! リュシのことなんて知らないってば!」
セレーネは大きな声をあげ、思い切り腕を伸ばして俺を押しのけようとした。
しかし、まっすぐに伸ばした腕は、俺の体に触れる前にだらりと落ちてしまう。
「?」
突然、呼吸が止まったかのように動かなくなったセレーネの視線は、俺を通り越し、倉庫の前の道へと注がれていた。
セレーネの顔色が、みるみるうちに白くなっていくのがわかった。
「私がどうかしたの? セレーネ」
背後から、聞きなれた声が聞こえてきた。
その声に振り返ると、そこには困った顔をしたルルと、まっすぐにセレーネを見つめるリュシエンヌが立っていた。
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