第13話 演奏会当日3



さて、今日一番気になったことはやはりアレシアだ。


なぜあんなにも、無表情でリュシエンヌを見ていたのか? 

かなり離れた場所に居たのに、彼女だとわかっていたのだろうか。

まだ二人は会話さえしていないというのに……。


そういえば、前回の俺は、演奏会の後から態度が変わっていったとリュシエンヌが言っていた。

きっと、これから俺とアレシアの接触が増えていくのだろう。

となると……当分俺自身も気を付けたほうが良いのか……。


いつの間にか、馬車はエルンスト家の敷地に入っていた。

御者に扉を開けられ、そのことに気づく。


馬車から降りると、裏庭から籠いっぱいに山盛りのレモンを戻ってくるヨハンの姿が見えた


「ヨハン!」

「坊ちゃま、おかえりなさいませ。今年は庭のレモンが豊作ですよ」

「うん、いい香りだ」

「そうそう、フレッド様がお戻りです。この時間は珍しいので、きっと坊ちゃまにご用があるのだと思いますよ」


こんな時間に父が? たしかにおかしい、そして嫌な予感がする……。


「わかった、ありがとう」


ヨハンは、籠を少し上に掲げ、楽しそうに厨房口へと歩いていった。

父が俺に何の用があるのか……この時期、アレシア絡みのような気がして仕方がない。


屋敷に入ると、自分の部屋には戻らず、そのまま父の部屋へ向かった。


「ルドウィクです」

「入っていいぞ」

「失礼いたします」


父の趣味で作られた無駄に重い扉を開けると、古い金庫付き戸棚の前に父が居た。

その戸棚には、王立図書館貴重書架の鍵が収められている。


「ルドウィク、ちょうどいいところに」


そう言って手招きをした父は、黒い石がはめ込まれた鈍い色の鍵を持っていた。


「それは、貴重書架の……」

「うむ、カトラン子爵から『アレシア王女がこの国の鉱物の書物が見たいと言っている』と連絡があってな」

「はあ」

「なんだその気の抜けた返事は。王女は明後日の午前を希望している。案内を頼む」


父は、その鍵についた黒い石を親指でこすると、黒い絹の袋に入れて俺に手渡した。


「……わかりました」

「王女とは話したのか?」


アレシアとの会話……。


今日、セレーネにハンカチを差し出した時の声と同時に、リュシエンヌを見つめていたあの姿をまた思い出す。


「まあ、多少は……」

「とても勉強家でいらっしゃるそうだ、友人を作って良い思い出を作りたいらしい」

「はあ」

「さっきからなんだルドウィク」

「いえ、なんでもありません。では、失礼いたします」


不思議そうな表情の父に、頭を下げさっさと部屋から退出した。これ以上質問されるのが面倒だ。

たしかに一国の王女、自分の身分を知らない相手との交流はなかなかないだろう。

その為にお忍びでこの国に来たが、既に目立っているうえに、周りもなかなか話しかけてこない。もう皆憧れの目でしか彼女を見ていない……。


『演奏会の後、アレシアとは仲良くなってたの』


ふと、リュシエンヌの言葉を思い出す。


前回のアレシアは楽しかったのだろうか……。今の彼女に友人と呼べる人は出来るのだろうか……。ここまで考え、大きく頭を振った。

なぜ、アレシアの心配をしなくてはいけないんだ。俺はリュシエンヌのことだけ考えていればいい。彼女に少しでも嫌な思いをさせたくない。

明後日5日、アレシアと会うことは決定事項だ。


父から渡された、鍵の入った絹の袋を見つめる。

アレシアと図書館で会うことがあるかも……というのは、既にリュシエンヌと話し、考えていたことだ。

しかし、こんなすぐに貴重書架の開架を頼まれるとは思っていなかった。


そうだ、リュシエンヌに連絡の手紙を書いておこう。


貴重書架は、鍵を持ったものと申請者しか入れない、なので必然的に、彼女と二人きりになってしまう。

リュシエンヌに会うのは10日の午後。その時に、5日の報告をするには遅すぎる。

あとから誰かに聞いて不安になるより、先に言っておくべきだ。


自分の部屋に戻り、とびきりの便箋を用意して椅子に座る。

最初に5日の貴重書架の件を書き、その後は、リュシエンヌに毎日でも言いたいくらいの甘い言葉を自分が納得いくまで書き綴った。


「ふう……」


いつも恥ずかしがって途中で止められてしまうので、やりきった感がある。

あとはっと……そうだ! ちょうど今、庭の薔薇が満開になっている。花数が多い種類の薔薇で、大きな花束を贈ろう。


扉を開くと、ちょうど侍女が通りかかった。

庭師あてのメモを渡し、花束が出来たら一緒にパーヴァリ家へ届けてもらうようにと手紙を託した。


「明後日かー……」


アレシアに何かされたわけでもないのに、どうしてこんな不安な気持ちになるのだろう。

リュシエンヌから、俺が恋に落ちたと聞いたから?

それだけじゃない。

彼女の顔を思い出すと、胸のあたりがざわざわと音を立て、言いようのない感覚が体

中に広がっていく。


仕方ないと思いながらも、明後日のことを考えると溜息が止まらなかった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る