第12話 演奏会当日2
◆帰宅の馬車
ヴェーバー邸をあとにして、帰りの馬車の中。
リュシエンヌはすっかり落ち込んでいた。
「私のせいでセレーネが大変なことになってしまったんだわ」
「君は関係ない、たしかに未来は変わった。でも、それは君が何かをしたからじゃない、しなかったから変わったんだ」
「でも……」
「ほんの少し変わっただけの事だ。それより一つ回避できたことを喜ぼうよ、俺は嬉しい」
「うん……ありがとうルド」
リュシエンヌは少しだけ微笑んだ。
「それにセレーネは大丈夫だよ。なんたってクリストフがついてるから」
「ええ、たしかに彼がいれば安心ね。私達、二人が楽譜を取りに行ったあとおしゃべりしてたの。だから、最初はセレーネに何かあったってわからなかった。そうしたらルドの声が聞こえて、どうしたのかしら? って言った瞬間、クリストフは飛び出してたのよ」
「さすがクリストフだな、セレーネのことを一番に思ってる。ま、俺がリュシを思う気持ちには勝てないと思うけど」
「……っもう!」
いつものように少し唇を尖らせて、照れているのを隠すように、リュシエンヌは馬車の窓へと視線を移した。車内には車輪の音だけが鳴り響いている。
「あの……彼女、アレシアは?」
外の景色を眺めたまま、リュシエンヌは訊ねた。
「彼女は特に何もなかったよ、まだ楽譜も取りに行ってなかった」
「えっ、そうなの?」
「うん、リュシじゃなく俺が楽譜を取りに行ったことで、何らかの変化が起きていたんだろう」
「そうなんだ……」
あの時、アレシアがリュシエンヌを見ていたことは、言わないほうがいい……。
とりあえず、彼女を避けたことで二人の接触がなかったのは、成功と言っていいのではないだろうか。アレシアの様子に疑問は残るが、リュシエンヌに何もないことが一番重要だ。
さて、次はなんだったか……ああ、図書館だ。
彼女が座るとわかっている椅子に、いたずらされていた。
これは、どう考えても完全にアレシアを狙ったものだ。
俺とリュシエンヌ以外の誰かが関与している……? そうだとしても、目的が全く見えてこない。
「リュシ、10日なんだけどさ」
「うん」
リュシエンヌは窓から目を外し、こちらに向き直った。
「君は調べ物の為に朝から図書館に行ったんだよね?」
「ええ」
「誰かと約束してた?」
「ううん、違うけど……アレシアがいるのはわかってた。前回は楽譜の事件の時に仲良くなってたから……それに、セレーネは週の初めは必ず図書館にいるでしょ、三人でお話ししたかったの……」
三人がどれだけ仲良くなっていたのかは、詳しく聞いていないのでわからない。
それでも、好意を持っていたのは間違いないだろう。
それを俺が……本当に最悪な男だ。
下を向くリュシエンヌのおでこを、人差し指でちょんっとつつく。
「もう、子供みたいにしないで」
「ごめんごめん。で、俺は10日の開館前に図書館に行こうと思ってる。そこで理由をつけて椅子を調べるつもりだ。早く来てるのは司書の勉強をする数人程度だから、大丈夫だ」
「でも……」
「もちろん、君は来なくていいよ。開館したらアレシアが来てしまうだろ? 会わなければまた一つ事件から離れられる」
リュシエンヌは、俺の顔をじっと見つめ「んーー」と何かを考えるような声をあげた。
あれ、俺今なにかおかしなことを言ったかな?
「どうしたリュシ?」
「ううん……なんでもない」
なぜか、リュシエンヌの顔が赤く染まっていく。
馬車内が少し暖かいせいで暑くなってしまったのか、手でぱたぱたと顔を扇いでいる。
「気分でも悪いのかい?」
「ううん……」
「窓を開けようか?」
「違うの……ルドが図書館に行ったあと……会えるかなって」
リュシエンヌの顔がますます赤く染まり、凄い勢いで顔を扇ぎはじめた。
これは……!
嬉しくてにやけてしまいそうになるのをなんとか抑え込んだ。
現在の状況になってから、リュシエンヌは前よりも、好意をはっきりと見せてくれるようになってきた。
こんなこと口に出しては言えないが、俺はとにかくそれが嬉しい!!
「ああ、何の予定もないよ。リュシさえよければ、うちでお茶でもどうかな?」
自然と上がってしまう頬を押さえながら、冷静を装って答えた。
リュシエンヌの表情がぱっと明るくなる。
「本当? 行きたいわ」
「よかった。じゃあ、ヨハンに相談してまた改めて連絡するよ」
「わかった」
リュシエンヌは、美しい灰青色の瞳を輝かせながら微笑んだ。
外を見ると、いつの間にかパーヴァリ家の門の前まで来ていた。
そのまま馬車は門をくぐり、敷地内に入る。リュシエンヌをエスコートしながら馬車を降りた。
「リュシ、今日はゆっくり休んでくれ。10日のことは任せてほしい」
「うん……ルド、本当にありがとう」
「大好きな君の信用を、完全に取り戻したいからね」
「あなたは何もしてないのに……」
「でも、君を悲しませたのは『俺』だから、とにかく俺が悪いんだ、まかせて!」
「ふふ、ありがとう」
今日一番の笑顔を見せたリュシエンヌは、可愛くカーテシーをすると屋敷に入っていった。
背中を見送り、途端ににやけてしまう頬を押さえながら、馬車に乗り込んだ。
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