第33話 6月28日 パーティ当日3
招待客の多さに圧倒されていたが、まだほとんど知った顔に会えていない。
さっき会ったセレーネとルルも、それきり姿が見えない。
それほどに来場者数が多いのだ。
リュシエンヌにフルーツを取り分けていると、後ろから楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
声はどんどん近づき、2mほど離れた道を、若い貴族たちが通り過ぎていく。
その先頭にいたのは、アレシアだった。
姿勢を崩さずに歩く彼女の隣には、きゃあきゃあと歓声をあげるラマット伯爵姉妹がいた。姉妹がアレシアから何かを受け取り、二人はまた喜びの声をあげる。
姉妹の手に渡ったものは、あの扇子だった。
アレシアは、ラマット伯爵姉妹に小さく手を振りながらホールに入っていく。
その先には、カトラン子爵が立っていた。
すぐ近くでは、ラマット伯爵姉妹がうっとりとした表情でアレシアの扇子を拡げた。
少し小ぶりな扇子には、あまり見た事がない真っ白な中骨が使われていた。
あのしっとりとした質感は、白蝶貝でつくられているのだろうか。金や宝石の象嵌の細工が見て取れる。
扇面には透けるほど薄い布が張られており、とても細かい刺繍が施されている。
要には大きな宝石でもはめ込まれているのか、こちらからでもキラキラと輝いているのがよく見えた。
「……すごいな、あれは、芸術品の類のものだ」
自然とため息が漏れる。女性達からしたらたまらない物だろう。
「本当に、ここからでも素晴らしい物だというのが良くわかるわ。あの扇子折られてしまってたの、信じられないことよ……」
「折られて! そんな、とんでもないことだ!」
「ええ……今回はちゃんと彼女の手元に戻ればいいけど……」
心配そうな声で呟き、リュシエンヌは扇子を見つている。
既にラマット姉妹の周りには、数人の女性が集まっていた。あれでは、誰が扇子を持っているかなんてすぐにわからなくなってしまう……。
移動するラマット姉妹と、美しい扇子に導かれるかのように、リュシエンヌと二人で中庭からホールへ入った。
リュシエンヌが経験した前回、あの扇子は折られ、それを彼女のせいにされた……。
それを行った人物は、
図書館の椅子を汚したことが、俺にばれたと気づいているのではないか?
もし、その人物があの扇子を手に入れたとしても、今回は周りの状況が違う。
リュシエンヌは孤立していないし、俺が一緒にいる。
どうすることもできない……それもきっとわかっているはずだ。
どこかでこの光景を見て、諦めているかもしれない。いや、もしかしたらもうずっと前に……。
しかし、それが分からないことには、パーティが終わるまで気を抜けない。
あの扇子が、アレシアの手元に戻るのを見届けたい……。
リュシエンヌも色々なことを思い出しているのか、額に力を入れて不安そうな表情をしていた。
「リュシ、もうすぐダンスが始まるよ」
「ええ……でも……」
俺の言葉に笑顔を見せたあと、リュシエンヌは目線を泳がせた。
「でも? リュシも、やっぱりあの扇子が気になる?」
「ええ……ねえルド、アレシアさんの手元に戻るまで、ダンスはやめない?」
「実は、俺も同じことを考えてたよ」
「よかった」
ホッとした表情で、リュシエンヌは両手を胸にあてた。
何も起こらないとは思っていても、あの扇子はアレシアの手元を離れてしまったままだ。気にするなというほうが難しい。
突然、会場内の演奏が止まった。
気付くと、会場の中央にカトラン子爵が立っていた。
注目が集まっていることを確認すると、来場者に向かって恭しく頭を下げた。
「ご来場の皆さま。本日は、わたくしの姪、アレシア・カトランの為に大勢の方にお集まりいただき誠に感謝いたします。アレシアは勉学の為この国に来ております。一年程度となりますが皆さまどうぞ彼女の力となり、そして、仲良くしていただけますようお願いいたします」
大きな声で満足そうに言い終えると、子爵はまた深々と頭を下げた。
その隣でアレシアも頭を下げ、美しいカーテシーを披露すると、会場の溜息を誘った。
二人が顏をあげると同時に、バイオリンの演奏が鳴り響き、ピアノが旋律を奏で始める。
カトラン子爵がアレシアの手を取り、中央でダンスが始まった。周りからは一斉に拍手が起きる。数組のカップルが続けて踊り始めた。
その時、後ろから誰かに肩を叩かれる。
振り返ると、いつも以上に洒落た装いのクリストフが立っていた。
「やあクリストフ! いつ来たんだい?」
「少し前だよ。しかし、アレシアのファーストダンスが子爵でよかったな、いい選択だ」
俺の肩に手をかけたまま、クリストフは中央で踊る二人を見ている。
自分に言われたわけではないが、リュシエンヌから聞いた前回のことを思い出し、少し居心地が悪く感じた。
クリストフの言うように、子爵にしたのは正解だ。まわりの若い貴族達も、どことなくホッとした表情に見える。
しかし、こんな空気の中、ファーストダンスを踊ることができた自分に、経験していないこととは言え、厚顔さを感じて恥ずかしくなってしまう。
そんな俺に気づいたのか、リュシエンヌは目配せをしてくすっと笑った。
「ところでふたりとも、セレーネを見なかったかい?」
「ああ、俺達が来た時にはルルと一緒にあのあたりにいたけど、もう結構前になるかな」
クリストフは、俺が指さした場所からくるりとを会場見渡した。長身の為、しっかり見えていることだろう。
「そうか……もう少し探してみるかな、ありがとう」
こちらに向き直ったクリストフは、満面の笑顔を見せ「お似合いのおふたりさん、踊っておいで」と、皆が踊っている中へ、俺とリュシエンヌを押し出した。
「まあ、どうしましょう」
周りで踊っている人が身体をかすめる。
抱き寄せるようにリュシエンヌの手を引き寄せ、そのまま音楽に乗った。
クリストフは、あっという間に人混みの中へ消えていた。
「ごめんリュシ。ちゃんと申し込んで踊りたかったよ」
「ううん、かまわないわ。でも扇子が……」
腕の中で揺られながら、リュシエンヌは周囲を気にしている。
「リュシ、せっかくだから一曲だけ踊ろう。俺だって君と踊りたくてたまらないんだから」
そう耳元で囁くと、リュシエンヌは俺の顔を見上げて嬉しそうに微笑んだ。
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