第32話 6月28日 パーティ当日2



給仕が忙しそうに、空のグラスを運びながら目の前を通り過ぎていく。


満開のアーチの中、そこには、鮮やかなオレンジ色の髪を肩から垂らし、まるでティアラのように白い花飾りを付けたアレシアがいた。

クリーム色のドレスには、髪飾りと同じような白い小花の刺繍と宝石がちりばめられている。


誰かを探すように、人波を見回すアレシアと目が合った。

一瞬だけ視線が止まり、そのままリュシエンヌに視線を移しながら、何事もないようにアレシアは違う方向を向いた。


横に居るリュシエンヌは、今の彼女に気づいただろうか……。

一緒に進んでいた足が止まっている。


「リュシ? どうかした」

「彼女……扇子を手に持ってる……」

「それって、あの……?」


リュシエンヌは無言のまま、小さく頷いた。

そのまま、何かを考えるように俯いてしまったので、一旦ふたりでアーチの傍から離れた。


植え込みの近くにあるテーブルにリュシエンヌを座らせ、通りがかった給仕に温かい紅茶を頼む。

すぐ運ばれてきた紅茶を一口飲んだリュシエンヌは、小さなため息をついた。


「ごめんなさい、驚いちゃって」

「いや、大丈夫だ。前の時は、まだ扇子を持っていなかった?」

「確か……いえ……わからないかも……」

「わからない?」


俺の問いかけに頷いて、リュシエンヌは少し眉を下げて笑った。

もう一度紅茶に口をつけると、次から次へと人が集まっていくキングサリのアーチを見て、目を細めた。


「前回は私、挨拶していないの……だって、あなたと彼女がずっと楽しそうにしてたから、近づくことができなかった……」

「……すまない」

「今のルドが謝ることじゃないわよ」

「それでも、謝りたい気分なんだ」

「ふふふ、ありがとう。だから、もしかしたら最初から持ってたのかもしれないわ。でも、私が見たのはこの後よ。今から30分もすればダンスが始まるの」


リュシエンヌは、中庭に向かって開かれたガラス扉へ目をやった。その奥はダンスホールになっており、ここからでもわかるくらい豪華な飾りつけがされている。


「ダンスか……」

「ええ、その時に扇子が色々な人の手に渡り始めたの……」

「その間アレシアは?」

「ずっとダンスをしてたわ。だってお相手が途切れないの。ま、最初はあなただったけどね」


少しだけ眉をあげ、笑いながらリュシエンヌは俺の顔を見た。


「あーもう! 俺って最悪だな」

「ええ、本当に!」


リュシエンヌは力を込めて言うと、すぐに吹き出した。つられて一緒に笑ってしまうが、実際は笑い事どころではない。

婚約者を放っておいて、この国に来たばかりのアレシアにべったりだなんて……俺が友人なら見ていられなかっただろう。

そういえば、他の友人達は、どうして誰もリュシエンヌに声を掛けなかったのか……。


「リュシ、俺……」

「あーまた謝ろうとしてる、もう本当にいいの。私はいま、新しい毎日を楽しんでる。たまに本当はもう死んでいて、この楽しい日が夢なのかって思う時もあるけど……」


飲んでいた紅茶のカップをテーブルに置き、俺の手にそっと触れた。


「こうやってルドの温かさを感じると、現実なんだって実感するの。今日はいつもより緊張してるけど、あなたがいるから大丈夫よ」


灰青色の瞳がまっすぐに俺を見つめている。

長い睫毛がゆっくりと瞬きをする。

リュシエンヌの優しい声と、手から伝わってくる体温に、感情が押さえられなくなくなった。


「好きだ」

「えっ」

「リュシ、大好きだ!」

「えっもう!」


顔を真っ赤にして、離れようとするリュシエンヌの手を、しっかりと掴みなおした。

パーティなんてどうでもいい、彼女のことを好きな気持ちで胸が苦しい。


庭園に風が吹き、キングサリの香りがここまで漂ってきた。


とりあえず、今アレシアに挨拶に行くのははやめておこう。

扇子を持っている以上、何があるかわからない……。


「リュシ、少しここから離れようか」

「でも、挨拶しなくちゃ……」

「だめだ、もう扇子を持っている……何も無いとは思うけど、念の為」

「わかった。じゃあ、何か食べましょ」


二人でアーチに背を向け、手を繋いだままたくさんの食事が並べられたテーブルに向かった。銀のトレーに並べられているフィンガーフードの種類は圧倒的だった。

普段は食べることのない食材や、この時期には珍しい色鮮やかなフルーツ。

一見して華やかで食欲をかき立てられる。

これはあきらかに、カトラン子爵家だけではなく、我が国の王妃が可愛い姪の為に手配したものだ……。


「ねえルド。まるでお姫様の宝石箱を覗いてるみたいね。食べるのがもったいないくらい美しいわ」

「ちょっとやりすぎかなとは思うけどね」


リュシエンヌの耳元で呟くと、もう一度テーブルの上の食事を見渡し、小さく肩をあげた。


来場者たちのおしゃべりの声は明るく、このパーティを楽しみ、アレシアを歓迎しているのが良くわかる。女性達はもちろんのこと、いつも以上に男性達の装いに力が入っていた。


会場内で演奏をしていた弦楽器奏者たちが、楽譜を入れ替え、何かの用意をし始めた。バイオリン奏者が増え、ピアノ奏者も飲み物を口に運び、喉を潤している。


この雰囲気は、きっともうすぐダンスが始まるのだろう……。

そんなことを考えていると、一気に若い貴族たちが会場に入り始めた。


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