第28話 6月18日 パーヴァリ家(リュシエンヌ)


◆ その夜 パーヴァリ家


エルンスト家別荘の薔薇園散歩を楽しんだ後、ルドと一緒の馬車で自分の屋敷へと戻った。

手みやげには、薔薇の香りの焼菓子とジャム。

そして、私の母が大好きなロゼット咲きの薔薇を、それはもう馬車から溢れそうなほど!

喜ぶ母に「大好きな婚約者とその美しいお母様の為です」と、ルドが甘い言葉を言うと、母が私を見て嬉しそうに微笑んだ。


名残惜しそうに馬車に乗ったルドを見送り、母と侍女頭のメアリが嬉しそうに薔薇の花で盛り上がる中、侍女のケイトと一緒に部屋に戻った。

ケイトが用意した部屋着に着替えている間に、ベッドサイドに濃桃色の大輪の薔薇が飾られていた。


「ありがとう、ケイト」

「お嬢様ゆっくりおやすみくださいませ」


テーブルにお茶の用意をして、ケイトは部屋から出て行った。

そのままソファに座り、くるりと丸くなる。

部屋に飾られたばかりの薔薇の香りが、鼻をくすぐる。


ああ、今日は夢みたいに楽しい一日だったわ……。

真っ青な空、美しいたくさんの薔薇、美味しいお菓子……そして、いつも以上に優しいルド。

自分が二回目の人生を生きていること、そして、ルドに婚約破棄を書いてもらったあの日さえも嘘のよう。


思ってた以上に新しい人生は目まぐるしく変化している。

あの日、ルドに言い出せないままだったら、ここまで変わっていたのかしら。

何も言わなければ、やはりルドはアレシアと恋に落ちてしまってたのかな……。


そういえば、図書館の椅子……汚されていたとルドが話してくれた。

もちろん私はそんなことはしない……じゃあ誰が?

ルドがアレシアを好きになったから婚約破棄されたんだと思ってたけど、それ以外に誰かがいる? どういうこと?


ソファの上で体の向きを変え、優しい香りを放つ大輪の薔薇を見つめた。 


前回、アレシアに起こった事を、私のせいだと責めたのはルドだけだった……。

あの時、誰から聞いたようなことを言ってたけど、それが誰かなんて考える余裕がなかった。

今回は、誰が何のために椅子を汚したというの……その人は、誰に罪を擦り付けるつもりだったの? 

また私? それともただのいたずら?

前回の人生で、ルドに嘘を教えた人の目的は何!? 


「どうしよう……」


飛び上がるようにしてソファから起きた。


はっきりとは言わなかったけど、ルドもそのことに気づいているんだ。

婚約破棄の原因は、ただ単に心変わりだけではない……。

でも、それが確信できないんだわ。


前回のパーティでは、アレシアの扇子が無くなった……。

もしかしてそれを隠したのは、椅子を汚した人と同じ?


でも今回は、ルドか椅子を片付けたおかげでアレシアも被害に遭っていないし、誰も知らないから事件にさえなっていない。

扇子が無くなるなんてことも、起こらない……ううん、わからない。

二人の仲が順調だから楽観的に考えていてけど、それじゃ駄目なんだわ。


私が知っている未来は、カトラン家のパーティまで。

その日まではルドの言うとおりににしよう。

明日から図書館に行くのも、外出も、必要以外はしないでおこう。

こんなにも過ごしてきた時間が変わってる、今日のデートだってなかったことだもの。


パーティの翌日からは、私の知らない新しい未来が待ってる。

全てのことが何もなく終わったとしても、未来にまた何かが起こるかもしれない。


もしそうなっても、私は大丈夫、だって一度死んでるんだもの!

それより怖いことなんてもう何もないわ。

今はルドが私を信じてくれてる。それに、私もルドを信じてる。


「んーーーー」


ソファから立ち上がりながら大きく伸びをした。

テーブルの上に用意されていたお茶を一口飲む。

少し冷めた紅茶は、いつもより少し甘く感じた。


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