第18話 6月10日 エルンスト家
◆
小さな紙袋を膝に乗せ、馬車に揺られながら家路についた。
ヨハンに簡単な食事を頼んで、部屋に入る。
午後からはリュシエンヌに会えるというのに、この紙袋を見ると気分が沈む。
館長室のゴミ箱から、汚れた布と手袋を見つけた後、すぐに部屋から出て鍵をかけた。
館内に戻ると、ちょうど修道士見習いたちが教会へ戻っていくところだった。
皆、次々に頭を下げ、廊下を進んでいく。
図書館内の清掃や雑用は、隣接の彼らが毎日行ってくれている。
手抜きをしたとは考えにくいし、彼らのうちの誰かが? というのも考えたくない話だ。
備品置き場から持ち出し用の紙袋を取り出し、いそいで館長室へ戻った。
中からしっかりと鍵をかけ、茶色い塊と手袋を入れて小さくまとめた。
それがいま、自分の部屋にある。
紙袋を開き、テーブルの上に拡げた。
手袋はこの図書館で使う作業用の物、誰でも使うことができるうえに、出入り自由な場所に置いてある。インクもそうだ、備品倉庫にたくさん置かれている。
まさか、グレイス館長が? いや違う、彼女は朝から来ていない。
昨日の閉館後から、清掃が行われていないという場合しかそれは考えられない。
清掃を任せている修道士見習いたちのキラキラした瞳を思い出す。
聖職に付くために修行をしている子供たちが、手を抜くなんてありえるのだろうか? やはり違う。
では、一体誰が? 掃除が終わってからとなると、館内にいたのは数人……。
まず、ルルとセレーネ。アンバーとサマー、あとは……ロビンとカールだ。
いやいや、それこそあり得ない。彼らのことは良く知っている。皆、司書になるために朝早くから勉強をしている優秀な者たちだ。
……しかし、館長が三日間不在だという事実、これを知っているのも彼らだ。
机に広げられた、茶色い塊と手袋を見つめる。
この二つは館長室に捨てられていた、きっとこれを行った人物は、館長不在をわかっていて、後から回収しようと考えたのではないか……?
「ああーもう、なんだよ」
考えがまとまらず、自然と悪態が口をついて出た。
とりあえず、この二つは保管しておこう。そして、あの椅子はるべく早く回収しなければいけない。
「坊ちゃま、お食事の用意が出来ました」
部屋の扉をノックする音と、ヨハンの声が聞こえた。
机の上に広げたものを簡単に包み、引き出しに仕舞う。
扉が開き、ワゴンを押したヨハンが部屋に入ってきた。
ワゴンの上には、ふわふわに仕上げられたオムレツと、野菜のたっぷり入ったスープが乗せられていた。
温かい香りに、肩の力が抜ける。
「坊ちゃま、お顔の色が少し優れませんね、いつもよりスープは熱めですよ。午後からリュシエンヌお嬢様がいらっしゃるので、量を少なめにしております」
ヨハンには隠し事ができない。
しかし、立ち入っては来ない、本当に助かっている。
「ありがとうヨハン」
「大切な坊ちゃまですから」
「過保護だな」
「はい、わたくしは坊ちゃまと
くいっと眉をあげ、いつもと同じ優しい笑顔を見せたヨハンは「午後の支度がありますので」と、部屋を出て行った。
ヨハンと会話をしたおかげで、気持ちが少し落ち着いた
今は、犯人捜しをしたいわけではない。
もちろん、気にならないわけない、そりゃあ気になる。
しかし、それよりも、リュシエンヌがこの事件に関わってないということが一番大事なんだ。
あの椅子を交換したことで、アレシアのドレスが汚れることはないだろう。
そして、今日リュシエンヌは図書館を訪れていない。この事実があるだけで十分だ。
今回の件も、無事に終わった……それでいい。
だから、リュシエンヌには今日のことは言わないでおく。
椅子が汚れていた話をすると、あの布と手袋の話をしなくてはいけない。
それを隠したとしても、汚れた椅子があった事実で、彼女が不安になることは変わらない。
更に、近しい人を疑うことになる……それは俺一人で抱えればいい。
せっかく新しい毎日になっているのに、また違う不安なんて植え付ける必要がない。
「さてと」
ヨハンがせっかく温かいものを持ってきてくれたんだ、早く食べてしまおう。
まだ湯気の立っているスープに口を付け、ふわふわのオムレツにフォークを入れた。
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