第22話 霊峰の魔物
ラウルとシドを乗せた小さな筏船は川を下る。
魔物の巣くう霊峰『ガリアード』へ。
筏船は途中、川の支流へと舵をきった。
両岸に草木が生い茂った水道を暫く進むと、目の前には見上げる程の大岩が立ちはだかる。そこには岩山を剣で断ち割った様な絶壁の岩肌を見せる水の道が、その先へと奥深くそして静かに続く。
シドが指さす。
「ここが入り口。ここから先が『霊峰ガリアード』だよ」
それはまるで人の侵入を
シドが長竿を器用に左右にかき分け、筏船はゆっくりと水道を奥へと進む。
左右に高く聳える石壁は石柱を幾重にも重ねた様に並び立つ。見上げる程に切立った石壁の天井のわずかな隙間から陽の光が差し込み、清流の弾ける粒と相まって光のカーテンを造り煌めき散らしている。
「俺らの御先祖さまは、昔この山に住んでいたそうなんだ」
「魔物が出る様になってからは山を降りて裾野の川辺に住む様になっていったらしい……」
シドは悠久の郷を連想する様にゆっくりと長竿を漕ぐ。
「ここは俺らの故郷だ。魔物が出ようが俺らは他の地に移り住むつもりはない」
力強く筏船を漕ぐ少年の背を見ていたラウルは、腕を組むと自分事の様に口を緩ませ小さくうなずく。
「そいえばシド」
「君は槍術を使っていたけど、何処でならったんだい?」
「槍術?」
「ほら、あの時、悪漢どもと対峙した時だ。長竿を武器として使っていただろう」
「……ああ……あれ」
「あれは俺が小さいときに、亡くなった親父に教わったものさ」
「親父も船頭だったけれど、船を操る基本練習だと言って毎日練習させられたよ」
「
「おかげで俺の舵さばきは、村一番なんだぜ」
と鼻を小さく鳴らすと少し自慢気に声を弾ませる。
(船を操る基本練習?……か……)
年端もいかぬこの少年。長竿を左右に手際良くかき分け、不安定な船の甲板の上でもバランス良く舵を取る姿を見れば、確かに納得がいく。
「姉さんは不思議な力を使う事ができるんだぜ」
「あっ!」
「こ、これは言っちゃダメだった」と慌てて口をつぐんだ。
「この事は村の者には内緒だけど……」
「やはり、そうだったのか」
「君の姉さんの様態を診たとき、まさかとは思ったけど」
「あれは、魔法の影響だよな」
シドは小首をかしげる。
「シドは魔法を使えるのか?」
「魔法?……」
「俺には、よく解からないよ。けど、姉さんは色々と言うけれど、あれって目に見えないヤツだろ」
「それに俺は、体を動かすほうが好きなんだ」
ラウルは何か納得した様子で一人うなずいた。
そして明後日のその先を見るような目で何か思案すると、大きく頭を動かしてうなずいた。「よしっ」と。
「おっ見えてきた。兄貴、あれが『霊峰ガリアード』の山頂だよ」
と声を上げたシドは、前方に見える山を指さした。
指をさしたその先。雲が渦巻く山の頂上には、村に言い伝わる精霊を祀った神殿があるらしい。
◇◆◇◆ 霊峰の魔物
この山はもうどれくらい人が足を踏み入れていないのだろうか。
鬱蒼と茂った草木に埋もれる様に朽ち果て瓦礫と化した村の家々が散乱していた。
代わりに鳥や獣の鳴き声が、深く繁った草むらから無数に聞こえた。
ラウルたちは廃墟となった村を抜け、その先の湖へと歩いて進んだ。
目の前に静かな水を湛えたエメラルド色の碧い湖が広がる。
思わず二人の動きが静止した。
互いに声も漏らさず音も発てず、喉を鳴らすのがわかった。
それは水面に浮かぶ無数の青白い光を見たからだ。
知識が無い者でも目を擦り、その目を疑うであろう。
物語で聞く精霊が青白い光を
静止した二人の耳元を青白い光がゆらゆらと湖へ漂って行った。
「……お、俺たちも……行ってみる?」
無言で二人は首を縦に動かした。
一歩足を踏み出したシドの体が止まった―――。
目の前に繁る木々の枝が大きく揺れた。
大地を踏む二人の足の裏に、微かに震動が伝わってくる。
「何?……」
二人は目を凝らし、耳を澄ました……。
大木の幹と幹の間を大人の胴体ほど大きさはあろう艶めかしく黒光りする爬虫類の何かが動いた。
シドはびくりっと緊張した様子で肩を上げる。
背中がこわばり、首元を縮めた。
そして物音を発てない様に足元をゆっくり、一歩、二歩と静かにさがる。
振り向いたシドの顔は既に緊張して色が失せていた。
その時。
獣の甲高い雄叫びが森の空間に響き渡る。
驚いた鳥たちが一斉に木々から飛び発った。
目の前の木々を圧し折る轟音が鳴り響く―――。
と、巨大な大トカゲが二匹、繁みから踊り出た。
二匹は互いに組付き、激しく雄叫びをぶつけあう。
一回り大きい方の大トカゲが、馬ほどはある四つ足の動物を口にくわえ激しく首を振った。
正面に対峙したもう一匹の大トカゲが、大口を開け鋭い牙を剥いた。
「あ、兄貴。ダメだ」
「すぐ逃げよう。あんな魔物に敵うはずがねえよ」
「この距離なら、まだ逃げられる」
とシドは上ずった声で言い捨てた。
森の魔物。文献や剣士仲間から大トカゲの話は聞いた事があるが、これほど迫力があるのか。
馬の数倍はある巨体。黒々と艶めく風体に胴体ほどの長い尻尾を生やし、その巨体を支える太い四肢には鋭い鉤爪が生え大地をむしっている。
本来、小さな爬虫類がもつ独特の黒い目では無く、既に獲物を捉える肉食動物の瞳孔に進化している。
対峙した二匹は、再び獲物を奪い合う様に巨体をぶつけ合う。
雄叫びとともに周りの木々を薙倒した。
大トカゲの動きが止まる―――。
「…………」
大きく恐ろし気に開いた瞳孔が、ギロリッと二人の姿を捉えた。
巨体から伸びた長い首が何か探る様に上にもたげられた。
瞬間。一匹の大トカゲの巨体がくねった。
爬虫類の動きで尻尾を振り、爪で地面をかくと這い進む。
視覚に捉えた二匹の小さな獲物にその巨躯が襲いかかった。
素早く、ラウルが大きな動作で横に移動する―――。
動いた獲物に反応するように大トカゲも素早く体を動かす。
横に移動したラウルに顔を向け、逃げる獲物を追い立てる様に襲いかかった。
ラウルと大トカゲの体が交差した―――。
すり抜けざま、気勢を発したラウルの背にした大剣が横一閃に斬り払われた。
大剣を振り切ったラウルは、反動で体制を崩し地面に転がる。
「兄貴っ!」シドの体が思わず飛び跳ねた。
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