第4話 女剣士② 怒る

 ラウルとクラウディアの二人が、店の片隅でそんなやり取りをしていると、槍や剣を手にした四人の男たちが店の中にゾロゾロと入って来た。


「酒と飯だ!」と男たちは店に入って来たとたん大声で注文する。


 今、集結している王国軍に合流する為の志願兵たちであろう。腕っぷしは強そうな男たちである。それぞれがいちぐはぐな武具を身に付けた格好を見ると、何処ぞの領地で鍛えた剣人である。剣人たちはこぞって戦に志願する。戦で活躍すれば己の名を上げ、帰郷した後も村でもて囃される。目覚ましい功績をあげれば国軍として正式に召し抱えられ出世の可能性もある。剣人たちは日頃鍛え上げた自分の技と力を誇示する為、チャンスとみて戦に志願する。


 そんな男たち、戦の前の景気づけか皆、威勢はいい。


「クラウディア、ここも慌ただしくなってきた。そろそろ店を出よう」

 と合図をする。


(こんな所で知り合いにでも逢ったら面倒だ)

(それに……クラウディアが……無言に)


 チラチラとこちらを見ていた男たち。

 一人の男が立ち上がりラウルたちのテーブルに近づいて来る。 


「おい!」

「お前たちも王国軍に加わるのか?」


 腕っぷしをこれ見よがしにそでをまくる。

 男は無精髭さわりながら、目の前に座っている若い二人を品定めする様にジロジロと見下ろす。

 後ろの席に居る連れの男たちもニヤニヤとこちらの様子を覗っている。


「お前らの様な武芸者気取りの青ちょろいヤツには戦場は無理だ」

とやらの、お勉強ばかりで実践で戦った事もねえだろ?」


「怪我しないうちに、さっさと御家に帰りな」


 後ろの男たちが、ゲラゲラと大声で笑う。


 無精髭の男は、ラウルの格好を見て、フンと鼻で笑った。


「なああっ、お前……」

「いい剣を持っているが、そんな青っ白い細腕で、剣が振れるのかよ」


 と男は肩を入れると顔を近づけ様とした。


「はあー。面倒くさい」とクラウディアの苛立のこもった、ささやく声が聞こえた。


 ◇


「ドンッ」

 小さな衝撃音とともに目の前のテーブルが滑るように動いた。


「ぐふうっううう」 

 無精髭の男の短い悲鳴とともに、動いたテーブルが男の腹にめり込んだ。

 男はたまらず、うずくまる。


 無精髭の男の対面に座っていたクラウディアが、手でテーブルを押し叩いたのだ。


 ひと悶着もんちゃくを期待していたのか、後ろに座っていた連れの男たちが一斉にきり立った。


「ご、ごのやろうっ!」


「いっ、痛てっあ!」

 体を起こそうとする無精髭の男が、二度目の悲鳴をあげた。


 スクリッと立ち上がったクラウディアは、テーブルの端を脚で抑え付けると、起き上がろうとする無精費辺の男の動きを制して止めた。


 そして怪訝けげんな表情で目を細め、男たちをにらみつける。


 そして肩に背負った剣に手をかけた。


 瞬間。―――肩越しの剣が光った。


 彼女は目に止まらぬ速さで背負った剣を抜き放つ。

 大きく弧を描いた刃の軌跡が、真一文字に振り下ろされた。


「ダンッ」「へっ?」


 二人の間を隔て無精髭の男を動けなく押さえ付けていたテーブルが、真っ二つに斬り分かれた。


「なんっ」

 男たちの開いた口から、小さな驚きの声が漏れた。

 

 次の瞬間。

 無精髭の男の首元には、鋭く冷たい刃が押し当てられたいた。


「……」

 男の首に触れた刃先に力が加わる。


「わ、悪かった」

「か、勘弁してくれ……」


「私たちの前から、ささっと消えろ」


 剣を抜こうとした無精髭の男の仲間が、お互いの顔を見合う。


「み、見えたか……」

「い、いや見えねえ……」


 後ろの男たちは悪い夢でも見たかの様に首を横にふる。


 そして、後退りする様にゆっくりと、二人から距離をあけた。


 ◇

 

 ラウルが剣を掲げた彼女の手を握る。

「おいっ逃げるぞっ!」 


 ラウルの目配せに気付き、クラウディアが店の中を見ると、ほかの客が目を見開き注目している。


 ラウルは何も言わず、彼女の手を握ったまま、店の外に連れ出した。


「もうっ、放してっ―――」


 彼女は、途中で自分の言葉を呑み込んだ。

 

「あっ」「ええ……と」

 

 ラウルに取られた手を振りほどこうとしたが、彼女は力を緩め、その手を下げた。


 彼女はラウルに握られた手を握り返す。

 二人は逃げる様に店を駆け出ていった。


 ◇◇◇

 

 とぼとぼと馬を並ばせ、二人は歩んでいく。


 ラウルの後ろに肩を落とし、無言のクラウディア。


「ふふふっ」「はははっ」とラウルが笑う。


「何だよ急に……」

「しかたないだろう……あの男に、ちょっと腹が立ってさあ」


「あまり笑うなよ」


 ラウルが後ろを振り向き、クラウディアに向かって人差し指をさした。


「将来、君の伴侶はんりょは尻に敷かれそうだ」


「なっ、何いっ!」


「僕ぐらいかな……」


 また二人は押し黙った。


 その時、目の前に見える船の渡し場から出航を知らせる合図の声が響いた。

 

「ほら、あれに乗るんだろっ」

 

 口を少し尖らせ、うつむくクラウディアの手を取ってラウルは船着き場に彼女を急かした。 


 船頭の声がとても大きく周囲の切立った山にこだまし、響き渡った。

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