第2話 騎士の国
遠くに見える山の峰から、微かに朝陽がさし始めたころ。
まだ
どこからか、風を斬る音が聞こえる。
空気を斬り裂いては走る刃の鋭利で鋭い音が、風音に交じる。
剣を操つるのは一人の青年。
その流れる様な剣さばき。
それでいて重厚で鋭い剣の一振りが風を鳴らす。
わずかに
青年の吐く息は白く、首もとを覆う薄絹からも熱気の湯気が立ち昇る。
「ふうううう」
青年はゆっくりとした動きの所作から、握った剣を腰の鞘に納めた。
「お兄さまっ」
甘く幼い少女の声に、その青年は振り返る。
小さな手の平を胸元で叩きながら、瞳を輝かせている少女の姿があった。
ふわふわのフリルをふんだんに施したドレス姿が、とても良く似合う。
歳のころなら10才頃であろうか、兄とは違い金色の髪に青い瞳の少女。
きれいに縦巻された髪が揺れる。
その潤んだ瞳が、兄の姿を一心に見ていた。
「ラウル兄さま」
「お疲れさまですっ」
と両手に持った大きなカップを差し出した。
「ありがとう」
ラウルは、差し出されたカップを受け取ると、一口。
大きく息を吐くと、ぐいぐいと一気に飲み干した。
登る朝陽を見上げ、また大きく息を吐いた。
「アンジュの
と飲み干したカップの底をのぞき込む。
「お兄さまの為に丹念にお
と、小さな肩を揺らし、口元を緩め
「お兄さま」
「お食事の用意もできてます」
「早くお着換えになって」
「わかった。すぐに行くよ」
と言いながらラウルは両手をを伸ばし、妹をヒョイと抱きかかえる。
「お兄さまっ!」
「私っ。もう子供じゃありませんっ!」
「私はっ……」
と抱きかかえられたまま、兄を見上げた。
「もうっ」
と言いつつ、どことなく
◇◆◇◆ 騎士の国・アルティア王国
『騎士の国』と呼ばれる、アルティア王国を創った傑物、デューク・アルティウスが、この国を建国して250年余りがたつ。
彼は諸国を放浪する一介の剣士であった。
が、のちに剣聖として名を馳せた彼は、この地に国を創った。
彼の剣による武力と名声。
その彼の強さに傾倒した者たちが集い、堅固で強力な騎士団を創った。
そして近隣の土地や国々を併合し、国の領土を広げていった。
世代は移り変わったものの、その剣技や精神を継承した『騎士の国』という力は、代々濃く受け継がれ、今もなおアルティア王国は領土拡大に心血を注いでいた。
7代目国王、アレクシア・アルティウスも国王即位をきっかけに、領土拡大の遺志を高々と掲げた。
それは、他国への侵略という形で―――。
◇◇◇
城門の前には、荒ぶる兵士たちが集まっていた。
アルティア王国の西に位置するこの領地にも、王宮より出陣の命令が下っていた。
隣国との小競り合いは、先代の頃より長年にわたって起きていたが、ついに本格的な侵攻が始まろうとしていた。
隣国と近く接するこの地にも砦が築かれ、人の出入りが厳しく管理され始めていた。
城門の前に集まった騎士たちは、多くの兵士たちを引き連れて集まり、出陣の合図を待っていた。
◇
屈強な騎士団を引き連れて、一人の男が騎馬を歩ませていた。
「父上っ!」
先頭を行くその男に、一人の青年が声をかけた。
銀色の髪の青い瞳をした青年。
大地を踏みしめる足は重心を捉え、しっかりと安定している。
書生風の細い体に似合わず、この青年の内から発する気勢は大きい。
腰にさげた剣鞘の
「父上っ!」
「まだ、私に初陣の御許しを下さらないのですか!」
青年が、進む騎馬隊の進行を止めた。
「父上」と呼ばれた男は、眉を下げ、この青年に対して少し困った顔をする。
「
「今はまだ学問を収める時期だ。自分の本分をしっかりやりなさい」
「
「内政を学び、しっかり研鑽しなさい」
「しかしっ! 父上!」
「私と同い年の者は、既に戦場に出ています!」
「……」
「ラウルよ」
「確かに、私が治めているこの領地は小さい」
「だが肥沃な土地に恵まれ、気候も良い」
「その民を護るのも、領主としての其方の大事な役目ぞ」
馬上の父が、右手を上げると、「もう言うな」と言葉を遮る。
そして馬に手綱をあてると、城門の前に整列した兵士たちの中へと消えていった。
青年は、去っていく騎士たちの壮観な背を見ながら、腰の剣を握りしめた。
◇◆◇◆ 旅立ちの決意
「ラウル兄さま」
「本当に行かれるのですか?」
屋敷の者たちが寝静まった頃。
旅の支度をしていたラウルに、声がかかった。
振り向けば、寝間着姿の妹が心配そうな目で見ている。
よほど慌てていたのか、長く伸ばしている金色の髪がはねている。
「アンジュ」
ラウルは荷を縛る手を止め、妹のアンジェリカに向き直った。
「ボクは暫くの間、留守にするよ」
「でもっ、お兄さま!」
「お父様がっ……」
「しっ!」
ラウルは目の前の妹に有無を言わさず、口に手を当てる。
「ボクも戦で武功を立てて、名を……」
「ん、んんんっ」咳払いしながら背筋を伸ばす。
「君の為に、早く武功を立て領地を広げたいんだ」
「もうっ、お兄さま。それはいいですって!」
と
「今からボクが行く西の国は、魔法の国だ」
「珍しい品もたくさんあるだろうから、君に似合う御土産があれば、必ず持って帰ってくるよ」
と、アンジェリカを抱きかかえ、立ち上がる。
「お兄さまっ」
「私はもう、子供じゃありません」
「ふっ」
「アンジュ、しばらくのお別れだ」
「戦勝の祝福は、してくれないのかい」
アンジェリカは両手を広げ、ラウルの首元に手を回す。
そして小さな唇を寄せた。
「出発の事は、家の者には内緒だよ」
とラウルは少し潤んだ瞳の小さな妹にウインクしてみせた。
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