眠れぬ大地の精霊使い

橘はつめ

第1章 大地の精霊つかい

第1話 荒野の二人~プロローグ 

 見上げる天球には幾千もの星々が輝き、幾万年もの時を数えた青白い双子の月が静かに浮かぶ。


 淡い月の光につつまれた広大な草原の中を二頭の馬が駆けていた。


 先頭を駆ける馬の背には、腕をだらり落とし、力無くもたれかかった人影。

 揺れる馬の背に、かろうじて乗っている様子。


 前を走る馬を追い駆ける様に、後方の馬が迫る。

 馬の背には一人の騎士が、激しく手綱をふるう。


 馬を操る騎士は、前を走る馬に追いつくと並走するように横に並んだ。


 馬の背にもたれかかっているのは、一人の娘。

 追いついた騎士は娘に声をかける。が、うつ伏せた娘からの反応はない。


 騎士が手を伸ばす。

 並走する馬の手綱を取ろうとするが、その勢いに近づけない。


「くそっ!」


 騎士は一言、言い捨てると自分の身に装着しているよろいぎ取り、投げ捨てた。


 そして疾走する馬の背に低く立つと、狙いを定める。


 騎士の男は、激しく揺れる馬の背を踏み台に、並走する馬に跳び移った。


 娘をの乗せた馬は突然の衝撃に驚き、前足を高々と上げ、二人を振り払う様にいななく。


 勢いに弾かれた騎士は、娘をかばう様に抱きかかえると地面に転がり落ちた。


 頭をかばいながらも抱えた娘をさらに強く抱きしめ、自身の背を盾に地面に激しく激突する。


 ザザッと地面に生える草花を薙倒し、二人は広い草原に転がって止まった。


「ぐっううう!」


「はあ、はあっ」

「……」

「はあ、はあ」


 荒い呼吸を静めつつ騎士の男は、娘を大事そうに抱きかかえた。


「レイ」「レイ」

「大丈夫か!」

「しっかりしろ!」


 騎士の腕の中で、娘がゆっくりと目を開ける。

 その潤んだ瞳が騎士の顔を映した。


「大丈夫か?」

「痛いところは?」


「あ、貴方あなたの腕が痛い……」


 反射的にゆるめようと、抱きしめた腕が大きくあがる。


「ンッ……」


 娘の少し悪戯いたずらな瞳が、騎士の顔を見上げていた。


 騎士はハッとする。慌てて娘を逃がさぬ様に彼女の腰に手を回した。


「すまない……」

「本当にすまない」


「また、君の手をけがしてしまった」


 騎士は眉を下げ、唇を噛んだ。


「二人で逃げよう」

「誰もいない所に、誰も知らない地へ……」

「一緒に逃げよう」


 娘は、唇を噛んだ騎士のほっぺたをつまむ。


 少し怒った様な表情の娘が、片方の頬をぷくりっと膨らました。

 しかし、その大きな瞳には目の前の愛おしい彼の顔を映していた。


「ラウル」

「少しは、自分の立場を考えなさい」


 まるで少年を諭す様な口ぶりと、青白い月の光に照らされた表情が合わさり、娘の顔を妙に大人びて見せる。


 そして娘は自分の右手を彼の胸元にあてると、目を閉じた。


「我、大地の精霊に命じる……」


 静かに静かに、唇を動かした。

 一つ一つの言葉をつむぐ様に優しく……。



 胸元にあてた娘の手にポツリッ、ポツリッと光る金の粒が現れる。

 無数の金の粒子が、フワフワと手にまとわりつき、手の平を包む。


 そして光の粒は、騎士を包んだ。


 露わになった腕のすり傷。

 その傷を負った肌が見る見るうちにふさがっていく。



「もう痛いところは無い?」


 娘は騎士のほほをなでた。


「私は、貴方と一緒に生きようと決めたのよ」

「貴方とずっと一緒」


 騎士は娘にまわした手に力をこめた。

 ……無言で、顔をうずめた。



 広い広い草原には、天球に浮ぶ双子ふたごの月。

 草をむ二頭の馬。

 そして男と女が、草原をゆく夜風に吹かれたいた。

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