第23話 炎竜

 ラウルは素早く立ち上がると大剣を両手で握り胸元に構えた。

 

 大トカゲは一声雄叫びをあげると剣を構えるラウルに襲いかかった。

 大トカゲの鋭い鉤爪。両手で握りしめた大剣で打ち払う。


 左右に揺れるラウルの体が、襲い来る鉤爪を大剣で薙ぎ払う。 


 巧みに体裁きを見せるラウルも大トカゲの巨体の質量に圧され形勢はしだいに不利になっていく。

 

 死角から伸びた尻尾がラウルの体を弾き飛ばした―――。


 地面に転がるラウル。

 辛うじて立ち上がったラウルは、手から取り落とした大剣の行方を探す。

 が、大きく深呼吸を繰り返すと腰に携えた愛剣を抜き放った。


 ◇ 


 シドが足元に転がってきた大剣に目をやった。

 目を見開いたシドは、大きく息を吸い込み、その大剣を拾い上げた。


 柄の長い大剣を両手で握ると大トカゲめがけで走った―――。


「―――ここだっあ!」

 両手、逆手で握りしめた大剣を振り上げると地面めが突き刺した。


 左右に動く大トカゲの太い尻尾が、シドの振り下ろした大剣に貫かれた。


 大剣で地面に縫い留められた尻尾は激しくもがく。


 「ズンッ……ズンッ……ズズンッ」

 大トカゲの巨体が身をよじり、その肢体が跳ね上がった。


「えっ!」大トカゲの尻尾がちぎれた。


 大トカゲが自ら尻尾を切り離した。

 その激しく跳ねた大トカゲの巨体が大口を開け、鋭い牙がシドの頭上に襲いかかる。


 ラウルが―――シドの前に割って入る。


 「つうおぉぉぉうぅぅぅ」剛毅な気勢を発すると、ラウルの丸めた体はバネのように弾け、大トカゲを打ち払う。腕の先に伸びた銀の刃が一直線に軌道を描いて伸び斬った。


 大トカゲが悲鳴をあげ、腹を見せ飛び跳ねる様に身体をよじる。


 つばを呑み込む間だった。

 ラウルの剣が、大トカゲの首に斬り下ろされた。


 大トカゲは短く奇声をあげると巨体を揺らしながら地面に倒れ込む。

 ―――そして動かなくなった。

 

 ◇◆◇◆ 炎竜


 ラウルが大きく肩を上下させ呼吸を整える。

 構えた剣先は、動かなくなった大トカゲの首元からまだ狙いを外していない。

 

「兄貴っ!」シドの呼ぶ声が突然耳に届いた。

「やったよ。こ、こんな……すごい」


 しかし、ラウルは身動きしない。

 剣を構えたまま、前方でにらむもう一匹のに備え息を吸った。


 シドが慌てて口をつぐみつばみ込んだ。


先ほど倒した大トカゲより、一回りは大きい体躯の大トカゲ。

 大トカゲが、その体をゆっくりと揺らした。


 まだ口にくわえていた馬ほどはある獲物を数回咀嚼そしゃくすると、喉の奥へと呑み込んだ。

  

 ラウルたちを捉えた獣の瞳孔が小さくしぼられた。

 目の前の魔物がラウルたちをにらむのがわかった。

 

 ―――意志がある。明らかに先の闘いが終わるのを待っていた……


 大トカゲが牙を剥いた。

 耳を覆いたくなるような地鳴りの様な魔物の咆哮が辺りに響く。


 牙を剥く大きな口元から炎が溢れ漏れた。

 

 すると艶やかに黒光りしていた表皮に炎が走り発火した。

 大トカゲの全身が見る見るうちに炎に包まれ、全身を業火が覆う。

 

 雄叫びとともに吐いた炎が辺りに飛び散り、木々に燃え移る。


 シドが地に座り込んだ。

「あ、あれは炎竜だ!」


 少年は後退りする。


「兄貴。逃げよう」

「兄貴には借りがある。でも俺はこんな所でくたばる訳にはいかない」


 ラウルは構えた剣先をだらりと地面に落とした。

 首元に巻いたストールを握る。

「レイ……君から、また無茶をしたと言われそうだ」


 再び両手で剣を握った。


「シドは早く逃げろ」


「僕は―――信じる」

「―――彼女の言葉を」


 ラウルの足が地面を離れた。

 馬の様に地面を蹴った。


「ぬおおおぉぉぉぉぉー」 

 握る剣の軌道が変わった。


 炎竜の吐く咆哮と同時に紅蓮の炎が巨大な柱となって放たれた―――。


 

 真っ紅な視界の中、灼熱の紅蓮炎が肌を焼く…………。



 白銀の刃の一閃が紅蓮の炎を斬りいた。



 ◇◇◇

 

「あ・に・き……あにきっ……兄貴ぃっ!」


 全身に滞った息を全て吐き出した。

 焦げた匂いが鼻の奥を微かにくすぐる。


 体がビクリッと跳ね起きた。

 目の前には、焼け落ち崩れ落ち灰となった大木が、まだ残り火の火の粉を舞わせ、ピキピキと音を発てている。

 焦土と化した木々の光景が広がる。


「兄貴っ! 無事で良かったっ!」

 シドの瞳が見開かれ輝き、口がワナワナと震えている。


「僕は、あの業火で生きている?」

 体をまさぐった。

 手足の存在や顔を確認した。

 ストールを握り、確認した。


「炎竜はっ?」

「炎竜は、どうなった?」


 声を上げ、辺りを見回した。


「炎竜は去ったよっ!」

 シドの声が高く弾んだ。


「兄貴が討ち払ったんだっ!」

「炎竜を兄貴が討ち払ったんだっ!」 


 シドが大泣きに泣いた。


「そんな…………」


 あのとき……炎竜の目が細えんだ様に見えた。

 鋭い牙を覗かせる口元が動いた様に見えた。


 炎竜は背を向けた。

 

「待っている……」


「僕を見逃した?」


 頭の中に地鳴りのように響く声が聞えた。


「人間の剣士よ……」「弱いな……」と。

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