第24話 気まぐれ精霊王① 

 シドは一人ニヤニヤ顔で背を丸めていた。

 真紅の輝きを秘めた魔石を手に取り、角度を変えながら覗き込む。


「本当に俺がもらっていいの?」

「こんな立派な魔石」


「ああ、僕も魔石を見つけたら妹への土産にするつもだからね」


「大トカゲを倒せたのも君のおかげさ」

「あの時、君が大トカゲの足止めをしていなかったら戦況が変わっていたからね」

「これは君の手柄だよ」

 

「でへへへっ」とシドは肩を引きあげ、ニンマリ顔で鼻を擦る。

「これを売れば姉さんに楽させてやれる」などと独り言をブツブツと言っている。


「でも兄貴、よくあの炎竜の炎を防げたね」


「実は、のおかげだよ」

 と首に巻いた銀糸のストールを指す。


「はあぁ?」とシドは小首をかしげる。


「このストールは、火竜のまゆ糸で織られた品らしい」

「さらに精霊使いの娘が、対魔法の何かを施しているらしいんだ」

「僕も実際に体験したのは初めてだったけど」


「へえー。火竜のまゆ糸……だからあの炎を押し退けたのか」

「凄いやぁ!」とシドは目を丸くする。


 そして手に持った魔石越しに、ストールを巻いたラウルの姿を透かし見る。


 その時―――。


「おい、お前ら」

「いい魔石ものを持っているなあ」


 突然の声にギョッとる。


 ……人の気配など全く感じられない。

 しかし、背後から感じるこの異様なほどの威圧が背中と首筋を硬直させた。


 ちらとシドの顔を横目で見る。


 シドは口をへの字にし、目を強く閉じると眉と目を寄せ皺をつくっている。


 動けない……。


「お前らが炎竜やつを倒したのか?」


「んんんん……」

「百年やそこらでは、まだ人間ごときに倒される程度なのか?」

「あと四、五百年もすれば、それらしいドラゴンに成長するはずだったのだがな」


 背後から聞こえたその声に、ゾクリッと悪寒が走る。


 その声の主は、ラウルたちの背中や肩をで押し退け、前へと移動した。

 思わず―――目を閉じる。

 

 すると目の前に、紅い光が浮き上がり大きくなり形になっていく。

 その光は、姿を形づくり、二人の目の前に立ち塞がった―――。


 輪郭がはっきりと形になり、目鼻立ちが鮮明に固まっていく。


 そのは褐色の赤い肌に波うつ髪をみせた。

 腰に巻かれた色鮮やかな錦の衣装から露出する肢体の筋肉は、歴戦の戦士の様に丹精に鍛えられた造形美。そして素肌にまとった金銀宝石の装飾品が人品の高貴さをにじませていた。


 そのが、声を発した。


「お前、強いのか?」


 目の前に立つは、首をかしげた。


「お前、精霊使いか?」

「あまり霊力は感じないが?」


「なあ……俺。退屈なんだ。遊んでくれよ」


 目の前のは表情を造り、その丹精な顔で薄く笑って見せた。


 シドが悲鳴に似た声を小さく上げ、跳ねた体は尻もちをついた。


「それに、その首に巻いた品……」

「珍しい品を持ってるな」


「俺様とかけけをしよう……」


「お前が俺様に勝てたら、何でも三つ願いを叶えてやるぞ」


「その代わり俺が勝ったら、その首に巻いた品をよこせ」


「ふっ」

「―――その命も一緒にな」


 シドが泣きそうに目をつぶる。「ヤバいよ……」と。


「どうだっ。勝負するか?」


「お前ら人間は、あれかぁ……」

「願いと言えば、か」


かかえきれぬ程の金銀宝石の山を欲するか?」

「何処ぞの王にでもなってとやらをやるか?」

「それともハーレム? でもいいぞ……」


「くっくく……」


 目の前の魔物は腕を組むとニヤリと口元を上げた。


 ◇◆◇◆ 精霊王


 ラウルは手の平でシドを後方の背にさげ、前に一歩踏み出した。


 腰の剣を後ろ手に回し、片膝を折りると、右手を胸に当て、頭を垂れた。


 アルティア王国の国王に謁見する時の騎士の最敬礼だ。


「御聞きしても宜しいでしょうか?」

「貴方様は一体、どの様な御方でしょうか?」


 静かに顔を上げ、目の前で圧倒的な武威をにじませて立つに話しかけた。

  

「?……俺?」

「俺様は俺様……」


「んんん……お前たちの言うところの精霊……」

「―――だよ」


 心の臓がドクリッと鳴る。

 自身の早くなった呼吸を気取られぬよう静かに抑える。


(古い文献や物語に記されている『精霊王』?)


(レイが瞳を輝かせて語っていた、あの精霊王様か?)

(「森の精霊王さまに会ってみたいぃ」とか言っていたが……)

 

「俺は、四大精霊王の一人。火の精霊王だ」


 心を見透かされた様なタイミングで、精霊王と名乗る魔物は身に着けた金の装飾品を鳴らし、目を細めた。 


 ◇◇◇


 話すのがあききたふうの精霊王は指を鳴らす。

 クイックイと指を動かし、いどんで来るよううながした。


「時間はたっぷりとあるが、ときしい」

「さっそく、勝負するとするか」


「精霊王様っ。御願いがあります」


 その言葉に、精霊王は口をへの字に曲げた。


「勝負する前から願いかよっ。図々しいヤツだな」


「僕は闘いますが、この少年は村に返してやって欲しいのです」

「この少年は関係が無い」


 と言うとラウルは首に巻いたストールを外す。

 そして精霊王に差し出した。


「先に約束の品を御渡ししますので」


 はぁと精霊王は手の平で自分の顔を覆う。


「ちっ―――莫迦ばかかっお前は」

が無いと、お前、俺と闘えないだろがっ」


「俺はっ退屈なんだよっ」

「一瞬で勝負がついたら、面白くないんだよっ」


 キイッと口元をあげ、牙を剥く。


「ああー」

「わかったよ、わかった。そいつは無事に帰してやろう」

「その代わり―――少しは俺を楽しませろよっ」


 と目の前のは無茶を言う。

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