第12話 別れは突然に
―――月が満ちた日の翌朝。
今日は体の調子が悪いと言うレイに代わって、彼女の日課である礼拝堂にラウルは赴いていた。
ひと仕事を終え、礼拝堂から戻ってくると、家の前には豪華な造りの馬車が止まっている。
家の入口には、長いローブを羽織った男たちの姿。
男たちは辺りの様子を警戒する様に視線をはしらせていた。
ラウルは慌てて草むらに身を隠す。
(しまった―――自分の居場所が見つかってしまったか……)
しばらくすると家の扉が開き、黒い服を纏った背の高い
その後ろを、うつむいた姿のレイが続く。
護衛の男たちは、家から出て来たレイの姿を見るなり深々と一礼し、身を正すと二人の後ろに付き従った。
(彼女が、あの夜……寂しげに口にした言葉……)
(レイっ……まさか、この為に……)
(今、気づくなんて―――)
ラウルは腰の剣を握りしめると、大きく息を吐き、そして大きく吸い込む。
体を低くしたまま、全速力でレイのもとへ走り寄った。
「貴様っ! 何者だっ!」
突然と視野に現れ、真っ直ぐに突進して来る男に対して、護衛の男たちはレイたち二人の前に飛び出した。
纏ったローブをひるがえし、素早く右腕を突き出し構える。
そして詠唱を唱る。
男たちの手の平が光る。
ラウルは勢いにのって手をかざした男の正面に突っ込んだ―――。
「遅い! その魔法は一度見た―――」
剣を鞘から抜かず、鞘ごと剣先を光の中へ突き通す。
剣先は光を間を通り抜け、男の胸元まで
「ぐっ」
「何いっ!」
もう一人の男が、隣でよろめいた男を横目に、驚きの声をあげた。
返す剣で、横の男を薙ぎ払う。
男は、後退りし倒れ込んだ。
さらに一撃―――。
ラウルは、レイの前に立つ黒い服の男に剣を振り下ろした。
「ガキンッ」
振り下ろした剣ごと厚い壁に弾かれる。
目に見えない空気の壁が、振動で震えた。
「レイっ!」
「君はっ本当に行くのか―――!?」
次の瞬間、地面から突き出た
後方に弾き飛ばされたラウルは、地面に叩きつけられる。
そして地面に転がった。
「ラウル―――!」
レイの声がこだまする。
ラウルの元に駆け出そうとするが、黒い服の男が手を伸ばし、レイを制する。
しかし男の腕をかいくぐり、レイはラウルの元に駆け寄った。
「ラウル!」
「―――ラウル!」
レイは、倒れたラウルの前にしゃがみ込んだ。
土のついたラウルの顔を必死で
「お願い! ラウル―――!」
「もう帰ってっ!」
「自分の国に帰ってっ―――!」
「私はラウルのおかげで、もうっ十分楽しい夢を見たわ」
「もう、じゅうぶん……じゅうぶんよ……」
「そろそろ、ご友人との別れの
黒い服の男の冷徹で低い声が、背後から響いた。
「待てよ―――」
「ちょっと待てよ!」
黒い服の男は、起き上がろうとするラウルを
口から流れる血を拭いながら、ラウルはふらふらと立ち上がる。
目の前で二人を見下ろす男を
黒い服の男は右手を伸ばす、手の平に焦点を捉え、ゆっくりと
「
「その様な未熟な剣技で、この御方を取り戻せるのか?」
「私も
レイが両手を広げ、二人の間に駆け出た。
「止めて―――!」
「お願い。止めて―――!」
「…………」
ラウルは剣を構えて立ち上がる。
「確かに、レイは良い『司教さま』だろう」
「しかしなぁ―――」
「生まれついての御役目か何かは知らんが」
「レイは自由だ」
「自分の生き方は、自分で決める事だろが!」
「フンッ―――」
黒い服の男は、
「何を一人で熱くなっている―――」
「
「これは、この御方が決断された事だ……」
「この国の民の為、この御方は等しく皆を幸せにする」
「若者よ―――」
「国の
「―――旅の剣士には、国家の大事は理解できまい」
再び、黒い服の男は、詠唱を唱えた。
そして、光る手を大地に添えた。
「遊び足りないのなら、これで遊んでおけ」
地鳴りとともに地面が揺れる。
平坦だった地面の土や岩がググリッと盛り上がり、小山の様に重なっていく。
それは、ラウルとレイの間を土壁の様に立ちはだかった。
そして、その土壁は人の形に姿を変え、やがて人の背丈を超える堅固な三体の魔物に姿を変えた―――。
「旅の剣士よ……」
「そなた、土岩の魔物と闘ったことはあるか?」
「自分の非力を知るといい」
現れた三体の魔物が、動く壁のようにラウルの前に立ち塞がった。
「これは司教さまの御優しい温情だと思え」
黒い服の男は、壁で見えなくなったラウルに独り言の様に言い捨てた。
そして男は、無言でうつむくレイを
「剣士なら……土岩の魔物と闘おうなど、
と低い声で一言いうと、馬車を出立させる。
レイを乗せた馬車は、ゆっくりと森の奥へ歩み始めた。
◇◆◇◆ 土岩の魔物
ドスンッと土岩の魔物の首が地面に落ちた。
ラウルの足元には、既に半分に切り捨てられた魔物が地面に転がっていた。
(残り、一体だ―――)
どれ程、この堅固な魔物に斬りつけた?
鎧の様に堅い表皮。
しかし、弱点は見つけた。
岩と岩をつなぐ関節の隙間を切断すれば、接続された部位は斬り離せる。
ラウルは、短く呼吸し息を整えた。
剣を構えるとそのまま突っ込んでいく。
(最後の一体―――)
(レイ―――待ってろ!)
「ガキンッ」と岩肌が削れ、鈍い音がした。
(は、外した!)
魔物の伸びた腕が、ラウルの体を
岩の表皮が、ラウルの体をギリギリと締め付ける―――。
(くっ息が、できない……意識が薄れて……)
握っていた剣が地面に落ちた。
「ぐうううっ―――」
それは、無意識だった。
ラウルは、首にかかったペンダントを引きちぎると、土岩の魔物の頭に拳を食らわした―――。
―――土岩の魔物の頭が、砂の様にパラパラと砕けて落ちた。
◇◆◇◆
「ラウル」
「ラウル。起きろっ」
「クラウディア?」
「何があった!」
「何日も探したんだぞ!」
「傷だらけじゃないかっ」
抱きかかえられたラウルは、心配して問うクラウディアを遠くに見た。
手に握っていた、ペンダントが地面に落ちた。
昨日の夜―――。
レイが首に掛けてくれたペンダント。
なかば強引に渡された品……。
「この森で道に迷ったり、魔物と出会ったら、このペンダントを強く握って」
「これを持っていれば、森で千年ジイが出口まで導いてくれる……」
ラウルは、後ろに続く森を見た。
「君は……今日のこの日の事を知っていたのか……」
ラウルはペンダントを強く握りしめた。
両手で強く強く握った。
そして願った……。
もう一度、あの家に戻る様に……。
しかし、何も起こらない。
何事もなかった様に、静かで暗く深い森がラウルたちの視界を閉ざしていた。
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