第13話 宿敵同士①

 ―――魔法の国『エルドラ共和国』の国境付近。


 ラウルは援軍の騎馬隊を指揮し、本隊が駐留する平原へと向かっていた。

 

「ラウル」

「おいっ、ラウル! ―――しっかりしてくれよ」

「お前、俺らの指揮官なんだからさあー」


 ゴツンと、その男の鎧が叩かれる。


「ジイさん……」

「いや、副官殿」


「お前は、上官に対しての口の利き方もしらんのか?」


「だって、ラウルこいつ。出立の時から、ずっとこの調子なんだぜぇ」


 と槍先でラウルの背中を指す。


「それは、気が高ぶっているのだ」

「初陣に騎馬隊を率いるということは、並み大抵の覚悟では務まらぬ」


「儂はなあ、この日が来るのを首を長くして待っておったのだ」


「がっはっはは……」


「そ、そうかなあ。ラウルこいつ、緊張感が全然無いよ……」


 と口を尖らせ眉を寄せる。


「なあ、リリアス。お前もそう思うだろ?」


「知らん」と一言で斬り捨てると、横で並走していた男はそっぽを向いた。


 騎馬隊の先頭を行くラウルの後ろには、老将のカイル。領内でも十指に数えられる剣の使い手であり、今回、ラウルが率いる部隊の副指揮官を担当する。


 その後ろには、補佐官として若い将が二人続く。

 一人は、この口の悪い男。ししの様な頑丈そうな体で、刃の長いいかつい槍を軽々と操る若者。ポルトス。

 一人は、なぎの様に静かな風貌で、整った顔立ちに色白の肌、長い黒髪の若者。リリアス。


 いずれもラウルの剣の同門であり、日々腕前を競う旧知の中である。


 ◇◆◇◆ 知らせ


 前方から土埃を上げ、王国の旗を掲げた騎馬が一騎、こちらに向かって来る。


 ラウルの隊に接近したその騎士は馬上で馬を鎮めると、息を切らしながら先頭を行くラウルたちに大声で伝令を発した。


「こちらは、本隊へ合流する援軍の隊ですかっ?」


 その声は只事ではない。


 騎士は軍旗の紋章を見た。

「西の……サンレルム領の隊ですか」

「撤退ですっ!」

「本隊より、即時に軍を退く様、撤退命令が出ております」


「既に我が軍の本隊は、撤退を始めております」


 老将のカイルが、といった表情で、思わず伝言の騎士に槍を向けた。


「どういう事だ!」

「状況をもっと詳しく教えてくれ」

「敵は?」「どれ程の軍勢だ!」


 矢継ぎ早に、大声で質問を投げる。


「魔法使いです!」

「土を操る魔法使いが現れたのです―――」


「土を操る魔法使いだとぉ!」


「いや待て。確か、報告にあったぞ―――」

「最近、戦場に姿を現す様になったという魔法使いか―――?」

「神出鬼没。遭遇した隊が大打撃を受けたとか……」


「かああぁ。その魔法使い一度会ってみたいね」


 老将カイルの大きな目が、軽口を叩くポルトスを睨み付けた。


「で、その土を操る魔法使いとやらが、また現れたのか?」


 伝令の騎士は大きく息を吸い込み、間を置いた。


「突然、戦場に……ローブを纏った一人の魔法使いが現れて」

「―――我が軍の主力部隊を撃破しました」


「何いっ! 一人だと!」


「そのすさまじい魔法で、我が軍は混乱。退路も断たれ……」

「何とか兵を立て直し、退散を始めたところです」


「父上は!」

「父上はどうした?」


「軍を指揮するサンレルムの領主殿は、自ら殿しんがりを申し出られ、追手を食い止めておられます」


「領主殿からの伝言で、援軍の騎馬隊は即時撤退せよとの御命令です」


「土を操る魔法使い―――!」

 ラウルは、怒りに満ちた声で叫ぶ。


「全員、退却っ!」

「全員退却だあ!」


「副官殿っ!」

「急いで領地へ戻れ!」


 と、ラウルが大声で叫ぶと槍を握りしめる。 


 馬上で仰け反る程に背を反らすと、馬に鞭を打つ。


 馬は大きくいななくと前足を上げ、一気に伝令の騎士が来た方向に走りだす。本隊がいる方角へと駆け出した。


 カイルや付き従う騎士たちは、唖然とする。


「あのバカっ!」


 ポルトスが声を上げ、馬を前に出した。


「ジイさんっ!」

「俺が追いかける!」


 ラウルの後を追いかけ、ポルトスが駆けていく。


「副官殿。撤退を―――」

「私が、二人を連れ戻してきます―――」


 リリアスが、副官のカイルの横をすり抜けて行く。


 三人の姿は、あっという間に土埃の中に消えていった。


 ◇◆◇◆ 敵中


 ラウルとポルトス、そしてリリアスは戦場が見渡せる小高い丘に馬を止めた。


 蟻の様に散らばる兵士たち。

 

 遠目からでも判る、平原の大地に長く穿うがたれた傷跡。

 まるでドラゴンが大地を爪で引っ搔いた様な跡である。


 兵の一番集中している場所に、ラウルの父の軍旗が見えた。


「あそこか!」


「ラウル! ちょっと待てよ!」


「少しは冷静になってください」

 

 リリアスが前方を塞ぐ様に、二人の馬の前に出た。


「この人数で行っても、助けられない」


「相手が手薄になった弱いところを突いた方がいい」


 とリリアスは、指で敵陣を指し示す。


「こりゃあああ―――若造どもぉ!」

「たった三人で、敵中に突っ込むつもりかぁ?」


 大きな声とともに、老将のカイルの声が響く。

 いつの間にか背後に騎馬隊を連れ、老将カイルが駆け込んでくる。


 ◇◇◇


「私たちは、敵のあの細った部分を突っ切って、兵力を分断させる」


「そうすれば、君の父上に勝機が出てくる」


「おもしれぇ」

「じゃあ俺が先頭で突きってやる」

「お前たちは、遅れない様について来いよ」


 とポルトスは、いかつい槍を高々と掲げると馬の背に仁王立ちになる。

 槍を構えると、地鳴りのような怒涛の気合を込めた。


 そのままの勢いで山を駆けおりて行く。


「儂らもつづくぞ!」


 騎士たちも次々と気勢を上げると、ポルトスにつづいて次々に山を駆け下りて行った。



 

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