第19話 舟渡しの少年
山岳連峰の麓にある古い船着き場―――。
小さな船着き場だが、昔から物流運搬の拠点として在るこの船着き場では王都へと荷を運ぶ船が往来する。
『霊峰ガリアード』へと向う為には、ここから船で川を下り、途中、支流をたどり、さらに山の奥地へと分け入って行かねばならない。
ラウルはガリアードまでの道を知る水先案内人を雇う為、船着き場を仕切る船主らしき男に声をかけた。
あれこれ忙しそうに船着き場の指示を出していた男が、ラウルの整った旅姿を見て声高に愛想よくニンマリと顔をゆがめる。
「船を渡してもらいたんだが」
「旅の御用ですかい。何処まで行かれるんで?」
「へへ。うちは腕の良い船頭が揃ってますよ」
ラウルは行先を指さす。
船主はラウルが指した方角を一緒にふり向いた。途端、大きく声を上げた。
「はあっ。冗談じゃねえ」
「旦那あ、勘弁してくださいよ」
「旦那は、あの御山がどんな御山か知ってるんですかい?」
「あの山はいけねえ。もう何十年も前から村人は足を踏み入れちゃあいねえ場所だ」
「麓の村じゃあ魔物が出没するらしいんで、皆、村を捨てて安全な場所に移住しちまってますよ」
「船頭たちもねえ、あんな気味悪い場所には行きたがらねえんですよ」
男は手を振り、あからさまに嫌な顔をする。
そんな船主の男と話していると、川上から竹を組んだ筏船が、荷を積んで下って来のが見えた。筏船はそのまま船着き場に船を寄せた。
「おーい。シド! その荷は倉庫へ運んでおいてくれ!」
船主の男の大きな声が響くと、船頭らしき少年は手を上げ合図を返す。
シドと呼ばれた少年は船を渡し場に接岸すると、筏船を固定する縄を手慣れた様子で巻きつけた。そして積荷をヒョイと担ぎ上げると、揺れる竹製の甲板を事もなげに歩いて行く。
◇
暫くすると積荷を運び終わった少年は、船主に仕事が終わった事を報告する為、ラウルたちの居る船着き場の小屋に入って来た。
この場所に似つかわしくないラウルの存在にチラと目をやり、無視してやりすごす。樽の水を一杯飲み干すと少年は一息つくように大きく息を吐いた。
「シド。この旅の旦那が、霊峰に行きたいんだとよ。どうする?」
何やら含みのある言い回しで、船主の男は顎をしゃくって見せた。
船主の男の言葉に少年は驚いた様に目を見開いた。
「あんた、旅の剣士かい? それとも賞金稼ぎかい?」
「やめときなよ。あの山は危険だよ」
「あんたの様な若い剣士じゃ、とても
書生の様な細い線をしたラウルの風体を少年は目で追うと眉をひそめた。
「良い家の剣士さまなら、なおさらだ」
少年の素っ気ない物言いにラウルは反応する。
「支流まででもかまわないよ。そこから一人で行くから」
「ふんっ、俺は忙しんだあ。あんたを案内して山へは行けない」
と、その時。外で男たちの争う声が響いた。
「ちっ。また奴らか!」
「最近、この辺りに住みついた何処ぞの兵士崩れだろうが……」
「難癖をつけては仕事の邪魔をしやがる」
「―――今日こそは奴ら許さねえ。俺が追い出してやる」
「僕が行こう」とラウルが一声、立ち上がろうとする。
が、剣を握ったラウルの言葉に少年は手をかざし、ラウルの体を制した。
「ここは、俺らの村だ」
「関係のない旅の剣士さまには頼らねえ」
と言うと、小屋の入り口に立てかけてあった船を操る長竿を掴み、男たちが争い合っている輪の中へとすっ飛んで行った。
◇◇◇
竿や鎌などを握った船頭や人夫たち、対して武器を手にした十数人の男たちが
シド少年が今にも乱闘になりそう状況で向き合う群衆の中に割って入る。
「ここからぁ―――ささっと出て行きやがれっ!」
問答無用で長竿を振り回す。
シド少年の竿先は狙いすました様に対峙する男の一人に命中した。
集まった人々の輪がワッと声を上げ、少年を中心に散らばる。
そして口々に猛る怒声が辺りに響いた。
シド少年は、長竿を握り腰を落とす。
その鍛えられた足腰は大地を踏みしめた。
長竿を小脇に構え、吹く風に溶け込むようなゆっくりした動きで長竿の先を揺らした。
少年の様子を見ていた、ラウルが思わず立ち上がる。
荒くれ男たちを束ねる頭目らしき大男が、怒声を発し槍を振った。
大男の鍛えられた槍術の動きが、シド少年に襲いかかる。
槍先が振りぬかれたかと思うと、小柄な少年は弾き飛ばされ地面にひざをついた。
「ガキがぁっ」大男の槍が大きく振りかぶられ、シド少年の頭上で狙い定めた。
ラウルが遠間から長い跳躍で飛んだ―――。
間一髪。頭上から振り下ろされた槍先は空を斬って地面に叩きつけられた。
「んんんっ!」大男は鼻から怒りの声を発すると、突然現れた青年を
ラウルは、地面に転がっていた長竿を拾い上げる。
そいて小脇に構えると重心を低くした―――。
瞬間。長竿が鞭のようにしなる。
まるで蛇が頭をもたげ、得物に襲いかかる様に長竿の先が大男の体を突いた。
大男の巨体が後ろに弾け飛ぶ―――。
地面に転がった大男は、苦し気に声を上げ転がった。
間を空けず、二突き、三突き。ラウルの振るう長竿が、後ろに立っていた男たちをさらに打ちのめした。
「お前たち!」
「すぐさま、この領内から立ち去れ」
「さもなければ、領府の衛兵たちに捕らえさせるぞ」
「さっさと立ち去れ!」
ラウルは竿先を男たちに突きつけると、気勢を吐き捨てた。
男たちはその気迫の押され、倒れた仲間たちを抱える起こすと、一目散にその場から逃げ去っていく―――。
ラウルは大きく息を吐くと船頭や人夫たちを振り返った。
「奴らも懲りたろう。もうこの辺りには現れないはずだ」
口を開けた船主や船頭たちが、ラウルの立ち姿を無言で見ていた。
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