第18話 旅の始まり

 天球に浮かぶ満月が少し欠けたのを待って、ラウルは密かな計画を実行に移した。

 夜明け前。雪どけ間もないこの地の早朝は、息が白くなるほどにまだまだ寒い。

 ラウルは厩舎きゅうしゃの愛馬にたっぷりの草を与えた。

 そして密にそろえた旅装束を身に着ける。

 騎士が鎧の下に着用する防刃のインナーを着込み。闘剣用の籠手を腕に装着する。丈夫なブーツの履き心地を確かめと、鞣し革でつくられた長丈のコートを羽織った。

 腰には愛剣を携え、さらに背には刃幅のある大剣を背負う。いずれも魔物退治に欠かせない装備の必須アイテム。


 そして銀糸で編み込まれた、柔らかなストールを首元にふわりっと巻いた。

 レイが「無茶をするあなたへ」と首にかけてくれた品だ。

 

 ◇


 旅の仕度を済ませたラウルは、皆が寝静まった屋敷を静かに出立した。

 城下町を抜け、まだ昇らぬ太陽を背に速駆けに草原を駆けた抜けた。


 山道を暫く駆け、町が見渡せる丘でラウルは馬の足を止めた―――。


 靄が薄っすらとかかる町並み。


 騎乗する馬から降りると、大地を踏みしめ胸を張った。

 体は漂う清風のように軽い。

 目を静かに閉じ、深く深く呼吸する。


「ふうぅぅぅ…………」

 ビクリッと足元から背中へ震えが駆け昇り、思わず腰の剣を握りしめた。


 ブフフッと不意に背後から、連れの愛馬が鼻頭でラウルを押しやった。

「ま、待て、待て。そう急かすなよ」

「僕だって、色々と準備があるんだよ」


 と、渋々苦言を吐きつつ、「よっし! 行くか!」と一人、気勢をかける。


 今度の旅に友は誘えない。

「さすがに今回はアンジュの祝福は受けられないな」と、独り言をつぶやく。


 剣士なら誰もがいどむ一人旅。


 まずは西へ。

 魔物が巣くうという『霊峰』へと単騎、鞭をふるった。


 ◇◆◇◆ 旅の始まり


 荷を積んだ馬車が西へと続く街道を進んでいた。


「若旦那も物好きですねぇ」

「本当にあの御山を越えるつもりですかい?」

「旅をするなら、あの御山を迂回して街道を旅した方が楽ですぜぇ」

「旅は楽しまなきゃ。美味い飯、美味い地元の酒、明媚な観光」

「いい宿場町もありますよ」


 荷馬車の横を馬で並走していたラウルが、軽口でしゃべる旅人の言に眉を下げる。


「あっしもねぇ、若旦那に助けてもらったから道案内しますが、一緒に行くのは山の麓までだ。船の渡し場までですよ」


 ラウルは、遠く目の前に並びたつ山岳連山の山々を目で追った。

 山の頂には、まだ雪化粧をした山々も見える。一年中、雪が残る山もあると言う。


「ああ、かまわないよ。僕の旅は観光じゃないからね」

 とラウルは遠く目を細めた。


 ―――遥か昔々。

 王の側に仕える四人の王騎士がいた。その王騎士の一人「ガリアード」と名乗る騎士が魔法使いと結託し、王国に反乱を起こした。激しい騎士同士の戦いの末、ついに王騎士ガリアードはこの地に追われ、魔法使いと共に討たれた。その身は永遠に封印されたと伝え聞く。


 それはアルティア王国の西の領地から、さらに西へとつづく広大な山岳連峰。

 その峰は高く険しく、自然の要崖のように人を寄せ付けず隣国を隔てる。

 その山の一つに『ガリアード』と呼ばれる山が存在する。

 この山岳連峰の地に古くから残る伝説。

 人々はこの山を『霊峰ガリアード』と呼んだ。

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