第8話 そして二人は出会った

「あら。お目覚め?」


 赤い頭巾ずきんをかぶった娘が、目の前にいた。

 娘はその瞳を輝かせ、口元をほころばせた。


「こ、ここは?」


(僕は……確か……生きもののようなつるに絡まれて……)


 ラウルは、曖昧な記憶をつなげようと頭をかかえた。


 赤い頭巾ずきんの娘の顔が近づく。


「あなた、運が良かったわ」


が助けてくれたから良かったけど」


「危ういところで、に捕まっちゃうところよ」

「暫く姿を見せなくなったと思っていたのに……」


……夢? では無いよな……)


 襲って来た一本角の魔獣、巨大なルナリスの事を思い出す。


「…………」


「君、どこか痛いところはない?」

「一応、治療はしておいたけど、痛いところがあったら言ってね」


「治療?」


 はっと、あのとき魔獣に受けた傷を思い出し手を当てた。


「えっ!」


 傷跡がキレイに消えている。

 顔や腹をさすったが、痛みも傷跡も残っていない。

 

「君が?……」

「あれほどの傷を治療したの?」


 ラウルは、目の前の娘の顔をあらためて見た。


 娘は眩しく笑った。


「魔法?」

「こ、これは魔法なのか!?」


 声をあげ跳ね起きるように立ち上がろうろするラウル―――。


「あっ、まだ動いてはダメっ!」


 立ち上がったラウルの膝が、ガクリッと力無く落ちた。


 慌てた娘が、ラウルの体を両手で支える。


「まだっダメ!」

「傷は治療したけど、流れ出た血は補えないの」


「―――まだ、おとなしく寝てなさい」

「今、お薬を作ってあげるから」


 ◇

 

 赤ずきんの娘は、ラウルを促し木の幹に座らせた。

 

 そして背負っていたかごを広げると、中から取り出した数種の草を丹念に選び始めた。


 赤ずきんの娘は手慣れた様子で、選んだ薬草を石で潰し、小さな鍋に入れ火にかけ始めた。


「…………」

 

 しばらくすると、何とも苦々しい薬草の香が辺りに漂い始る。 


 ラウルは、娘の所作を無言のまま食い入るように見つめていた。


「……安心して」

「私は、あなたと同じ人間よ」


 火から鍋を降ろし、煎じた薬湯を器に注いだ。

 

「ちょっと苦いけど……」

「この薬草は体の回復にとっても良く効くのよ」


 ラウルはふと、クラウディアから手渡された回復薬の事を思い出し懐を探る。


「さあ飲んで」


 娘の手から器がさしだされた。


「あ、うん……」


 その差し出された器から微かに上がる湯気。

 漂う香りに目元がピクリッと引き攣った。

 その濃い緑の、苦々しそうな薬湯を手にとる。


「こ、これ全部?」


「それ、全部っ」


 器を放した彼女の白い指先が緑の薬草色に染まり、その指先からも微かに薬草の苦々しさが香るのを感じた。


 器を両手で包むと、ラウルは瞼を深く閉じる。


「よぉし……」

 薬湯を睨むと一口含む。目をつむり一気に薬湯を飲み干した。


「うっ苦っ!」

 思った以上の苦々しさが口の中に広がり、流れ落ちたそれが内蔵の隅々にいきわたる。鼻っ柱にツーンと苦い香りが突き抜けた。


 ◇


「ぐっううう~」

 ―――腹の虫が鳴った。


「ふっ、ふふっ」

「少し元気が出たら、お腹が空いたのね?」


「私の家にいらっしゃいな―――」

「ご馳走は無いけど、何か食べ物をあげる」


 赤ずきんの娘はニコリと微笑んだ。


「私の名前は、レイチェル」

「レイって呼んで―――」 


 その娘は、まぶしい笑顔で自分の名を告げた。


 

 ◇◆◇◆ 赤ずきんの娘の家


 森をしばらく進み、丘を登ると一軒の家が現れた。


 ラウルは思わず足を止める。

 伸びたつたが家の外壁一面をビッシリと覆っている。

 

 それは昔、本で読んだことのあるだ。


「どうぞーぉ」


 足が止まったラウルを、彼女が中へと誘い催促さいそくする。

  

(本の中の物語では、が出てきたよなあ……)

 

 彼女の背を見て、少し腰が引ける。


 ラウルは、重くなった足を一歩、踏み込んだ。


 ◇


 家の中に案内されたラウルは、部屋の様子をうかがう。


「そこに、座っていて」


 ラウルの戸惑とまどう顔に、娘が気づき頭をかいた。


「えへへっ……ちょ、ちょっと散らかってるね……」 


 壁一面に古びた分厚い本がギッシリと並んでいる。


 分厚い木で作られた大きなテーブルセットが中央に一つ。


 ここで彼女はこの並んだ本の群れを読むのだろうか?

 開かれた読みかけの本が、そのまま乱雑に何冊も置かれている。


「ここは、君の家かい?」


「違うよ―――」


「私は、この家に寄宿きしゅくしているみたいなぁ感じかな」

「ここは、古い本が集められた書庫みたいなところ……かな?」


「あっ!」

「ちょっと待ってて」


 と彼女は奥のキッチンらしき部屋に行き、ゴソゴソと何かを探る様子。


「こんな食べ物しかないけど、お腹の足しにはなるよ」


 と、山積みになった木の実や果物がかごに盛られ、そのまま出て来た。


 テーブルの上に大きなカップが一つ置かれた。


「あははぁ……」

「私の主食……栄養はあるけど、味の保証はしない」


 ラウルは、差し出されたカップに鼻先を近づけた。

 確かに複雑な香りがする。


「この娘、典型的な学者肌だな」とカップの中をのぞきながら、ラウルは肩を上下に小さくらした。


 ◇◇◇


 ―――真夜中。

 ラウルは、ふと目を覚ました。

 暗い部屋にランプの灯が一つ。

 ゆらゆらと揺れる。


 窓から差し込む月あかりに照らされ、本を開いたまま、うつ伏せで寝ている娘。


 ラウルは娘にあてがわれた、やわらかなソファーに仰向けになると、窓から見える青白い月を静かに眺めた。



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