第10話 精霊使いの才能

「ラウルゥ……あなたの剣技、とてもキレイだね」


 大きな岩に腰掛けていたレイが言う。


 両方の手の平にあごをのせ、一見退屈そうにラウルが剣を振る練習風景を観ていただけかと思った。


「うんんん……でも、何だか……ぎこちない」


 ラウルは、振っていた剣を鞘にストンと納めると、レイの座る大きな岩にもたれかかった。


「僕は剣士としては、もうダメなんだ」


「……利き手の左腕に、力が入らない」


「剣が思うようにはにぎれないんだ……」


「あきらめて右腕だけで何とかしようと、鍛錬はしてるけどね」

「思う様には体が動かないんだ」


 レイが口を開く。


「ああー。ラウルきみの左腕にあった傷かあ」

ラウルきみを介抱するときに見たけど、結構、古い傷だね」


「剣の試合の時に、ちょっとね……」


「ふううん……」


 レイは、ラウルの顔をまじまじと見る。


「その傷、私が治してあげようか?」


「えっ……?」


 彼女の口から出た言葉に耳を疑った。


「な、治るのか?」


「かなり古い傷だから、少し時間と手間がかかると思うけど」

「―――治るよ」


 ラウルは、驚いて彼女の顔を見つめた。

 その、あっさりと言い放った物言い―――彼女が口にした言葉にはまよいがない。


(王国の名医でも治せなかった傷が……この娘が治せるのか)


◇◆◇◆ 魔法治療


「さあ、上着を脱いで裸になって」


 彼女は、ラウルの諸肌となった体をペタペタと触る。

 腕などを曲げて関節の具合を診る。


「んん、接続部分は大丈夫だね」


「じゃあ、始めようか」


 と、ラウルの左手を彼女は握った。

 そして、優しく自分の胸元に添える……。


 目をつむった彼女は、淡いピンク色の唇を動かす。

 そして魔法の詠唱を口にした……。


 いつもとは違う、彼女が目の前にいた―――。

 その優し気で凛とした微笑みは……まるで……。


「さあ、ラウル」


ラウルきみの腕が自由に、思い通りに動く姿を思い浮かべなさい」

「そして願いなさい」

「あなた自身の体に……」


「筋の一片、血の一滴を深く意識しなさい」


「そして祈りなさい」

「自分は愛されていることを」


「そうすれば、あなたの願いはかなう……」


 彼女は、左手の古傷を優しく撫でた。


 そして、ラウルのひたいに優しく指先をあてた。


 手の平を傷口にかざす。

 

 ゆっくりと唇を動かした。


 彼女の指先が、ほんわりと温かい。


 彼女の指が添えられたひたいから……温かな何かが広がる。

 それは金色の波紋となって広がった……。


 「ドクリッ」と腕の脈が大きく脈打った。


 熱い何かが胸元から喉元を登り、ゆっくりと漏れた。

 

 ラウルに触れた彼女は、詩をつむぐ。


 それは不思議な音の旋律。

 優しい祈りの様でもあり、調和を促す力強い言葉。 


「我が身に宿りし、大地の力」  

「命の根元である、偉大なる大地の精霊よ」


「大地に満ちたる生命の根源を読み解き、我が身に宿れ」


「かの者の願いによって、命の息吹を鼓動させよ」


 添えられた彼女の手に、金の粒子が一つ二つと浮かび上がった。


 どこから現れるのか金の粒子は増え、光の帯となってラウルの左腕を包んだ。

 粒子の一粒一粒が生き物の様に動き、皮膚を刺激する。


 流れる血液が、筋の一筋が、細胞の一つが活性化する様に鼓動する感覚。


 やがて金の光は、術を施す彼女を包んだ。

 まるで彼女自身が白銀に輝く様に……。

 

 白銀に輝く彼女に目を奪われ、息を飲んだ。


「っ!」


 ビクリッと指先が跳ねた。


 今まで感じていた薄い神経の感覚が、濃厚に指先に伝わる。

 指先がピリピリと、手の平に熱がこもった。


「目を開けて……」

 

 ラウルは、ゆっくりと目を開ける。


 それは広くて遠い……遥か先の何ともいえぬ空間が、見えた様な気がした……。


 既にまとっていた白銀の光を失っていた彼女は、ニコリと笑う。


「はい。治療は完了!」


 ◇◇◇


 ラウルは左腕に力をこめた。

 グイ、グイと拳を握る。


 剣の柄をゆっくりとにぎった。


「この感覚―――」


 指先まで伝わる剣の感覚。

 剣と同化する高揚感。


「うおおおおお」


 体の奥底に封じ込めれていた力が吹き上がってくる。


「うおっうおっうおおおお」


 ラウルは握った剣を力いっぱい振った―――。


 獣のように地面を駆けた。


 剣を薙ぎ、風を斬る音を聞いた。


 腕がちぎれそうな程、何度も何度も剣をふる。


 草原を転げ、また剣を構えた―――。



 その姿を、レイは目を細め微笑む。


 足がもつれ、よろけたラウルは、地面に剣を突き刺す。

 

 息を切らせ―――彼女の元へ駆け寄った。レイの元へと駆け寄った。

 

 レイの驚いた顔など気にしない。

 彼女の腰に手を添えると、高く高く抱き上げた。

 

 彼女の体は、まるで鳥の羽の様に軽くフワリと空に浮く。


「レイのおかげだ」

「ありがとう」


「ありがとう―――」


「もうっいい加減にしなさいっ」

 

 彼女が体をバタつかせる。

 バランスを崩した二人は、重なる様に野原に倒れ込んだ。


 彼女の体をしっかりと抱きとめると、草原に寝ころぶ。


「はあ」「はあ」

「胸が熱いよ―――」


 胸に抱いた彼女がもモゾモゾと動いた。


 ラウルの頬っぺたをつまむ。


「もうっラウル」

「少しは、つつしみなさいっ!」


 と彼女はラウルの頬をつねるが、丸くなった瞳は笑みの色を浮かべていた。

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