第9話 二人の翌日

 ―――翌朝。


 ラウルは驚きの声をあげた。


 金色髪の娘が小さく寝息をたて、横に寝ていたからだ。


 ラウルのその声に、娘は眠そうな目を擦りながら目を開けた。

 少し赤みがかった宝石の様な瞳が、ラウルを見た。


「き、君は誰だっ!」


 ラウルは声をあげると慌てて娘からその身を離す。

 離れた拍子にソファーの背に思い切りぶつかりソファーは大きく揺れ、ラウルはソファーからバランスを崩し転げ落ちた。


「君こそ、誰だあー」

「私の寝床にいー」

 

 娘は小さな口を尖らした。

 床に転がってあたふたするラウルの動きを観て、娘は顔を伏せ口に手を当てて小刻みに肩を揺らした。


「ぼ、僕は昨日……?」

 眉を下げ、ひたいを押さえた。


「昨日?……赤ずきんの女の子に……連れられて」


「…………」


「ふっ。うそだよ。ラウルっ」

「私の顔を忘れたの?」


 彼女が確かめる様に顔を近づけてくる。


「い、いや……その……」


(確かに昨日は、赤い頭巾を深くかぶってはいたが……)

(今の彼女は……)


 初夏に香る薫風をまとったような彼女の姿に、思わずドキリッとする。 


「き、君は……そんな顔だった?」


 彼女は、チョイチョイと指を振る。


「ラウルは、疲れていたからね」

「色々な幻覚を見たんだよ。きっと……」


「なにせ、はらの中に一日居たからね」

「私が気づいて助けなければ、そのまま彼の栄養分になってるよ」


 ラウルが驚いた顔で目を丸くする。


 レイと名乗った娘は悪戯いたずらな目で、ラウルの次々と変わる顔の表情に目を細め、ちょっと楽しそうに笑った。


「もう暫く、ここでゆっくりとしていくといいよ」

「体が回復したら、街へ出る帰り道を教えてあげるから……」


 ◇◆◇◆ 


 ―――それから数日。


 レイが作ってくれる、あの苦々しい薬湯が効いたのか、ラウルの体調は日に日に良くなっていく。 

 

 レイは、とても不思議な娘だった……。


 こんな深い森の中で、彼女は一人で暮している。

 訪ねて来る者もいない。


 毎日毎日、本を熱心に読んでは、何かを研究している様で奇妙に指を動かす。

 本を読んでは、大きな炉が備え付けられたキッチンにこもり、せっせと何かの薬を作っている。


 夜中まで本を読みあさり、そのままテーブルに寝てしまう。


 朝は近くにあるという、礼拝堂へ行く。

 そして帰って来る頃には、かごいっぱいの木の実や果物を抱えて帰って来る。

 

 彼女は、ラウルが語る国の話しや街の話しを、うれしそうに聞きたがる。

 彼女は、生まれながらの聖職者でらしい。

 

 この国の人々の幸せを祈り、願っていると言う……。

 

 時折、見せる彼女のさびしげな表情が、ラウルの心には少し気にかかる。


「レイっ」

「こんなに沢山の果物があるのなら、一緒にジャムを作ってみないかい?」


「ジャムって?」レイは首を傾げる。


「今、僕の国でね。女の子の間で流行りになっている甘い食べ物だよ」

「作るのに時間はかかるけど、すごく簡単に出来るんだ」


「そうだなー」

「このリンゴが、材料にいい」


 とラウルは山積に置かれた果物を手に取ると選別する。


 ◇


 二人は、キッチンの台に並んで立った。

 いつもとは違う……。

 日頃は、レイの薬作りの作業場なのだが、今日は違った。


 ラウルが器用に手ほどきする。

 リンゴを切り鍋に入れる。ひたすらコトコトに詰める。

 途中、甘蜜をたっぷり入れて更に煮詰める。

 味見をしながら、甘い甘い味付けにする……。


 ジャムを煮詰める間に、もう一品つくる。


「これは、旅の携帯食としても重宝されててね」

「旅には必ず持っていく食べ物だよ」

「レイの淹れる、ハーブティーにもよく合うと思うよ……」


 いくつかの木の実でいた粉を混ぜ合わせ、よくねる。

 ねた木の実を小さく成型して、暖炉の火で焼けば、ビスクのでき上り。


 甘いジャムの匂いと、ビスクの焼き上がった香ばしいが匂いが、部屋中に広がる。


 焼き上がったそばから、二人はパクリッとかじった。


「たまには、お料理もいいね」


「そうだ!」

 レイが思いついた様に手を叩く。


んだ薬草でも、作れないかなあ」

「子供たちが健康で、喜びそうな御菓子……」


「ぷっ」思わず、ラウルが吹き出してしまう。


「レイならできると思うよ……」


「みんなが、笑顔で幸せになるような素敵な御菓子が……」


 ◇


 山から吹く涼し気な風が、狭い台何処の小窓を通って抜けてゆく。

 今日のおやつの時間に間に合う様に、二人で食べる為のビスクをたくさん焼いている。

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