第5話 魔法の国

 さびれた船の渡し場。

 ここから荷を運ぶ船に紛れ、二人は魔法の国へ向かう。


 船に揺られて半日あまり。

 そこは魔法の国『エルドラ共和国』。

 とても近くて、遠い国。


 国同士の国交は、ほとんど皆無。

 しかし、古くから人々の間では物の流通が行われ、旅人や行商人たちの行き来も暗黙のうちに行われている。

  

 ◇◆◇◆ 魔法の国


 貨物を積んだ船で上陸したラウルとクラウディアの二人は、エルドラ共和国の玄関口といえる赤壁の街『ルピア』へと向かった。

 

 馬を走らせ、途中の村々を抜ける。

 そして目的の街を望む丘の上で、二人は馬を並べ遠目に見える街の景色を眺めていた。


「ラウルも知っていると思うけど……」

「ここは七つ小さな国からなる共和国家だよ」

「魔法の大家と言われる七人の元老院による合議で統治されているらしい」

「実力の程は不明だけどね……」


 ラウルが街を見渡す。


「さっき通った村もそうだけど、魔法の国と言っても、我々の国と変わらないなあ」


「この国に住む全員が魔法を使えるという訳じゃないからね」


「クラウディアは結構、詳しんだな」


「昔し父上に連れられて、暫く旅をしたからね」


 村や町は、以外とのんびりとしている。

 先ほど通った村もそうだが、戦が始まろうというのに、その雰囲気は全く無い。

 首都から遠いこの地には、まだ王国軍の情報が届いていないのだろうか。

 ラウルは無邪気に走り回る子供たちの姿を目で追ったりした。


「進軍が始まったと言っても、まだまだ戦は始まらないよ」

「まずはお互い牽制し合って様子見」

「久方ぶりの大戦だからね」


「先ずは、敵方の情報収集、分析」

「相手の状況や軍備の配置を知らないと」

「敵を知らずして、勝ちは無い」

「基本だろ」


 ラウルは講義こうぎを始めたクラウディアに首をすくめる。


「はいはい、参謀さま……」


 普段の彼女は、とても物静かで大人の様な物腰の女の子なのに……

 ことたたかいとなると、熱いを燃やす。


(……これも剣聖の血統なのだろうか)


(この娘には、昔からかなわないからなあ)

(どんな男を旦那にするのだろうか……)

(この娘が、未来の旦那を尻に敷く姿が目に浮かぶよ……)


 国王陛下ですら尻に敷くかも知れんぞ、と想像すると何か愉快ゆかいなものが込み上げてくる。


「何。ニヤニヤしてるの」

「それで、この先どうする?」


 妄想から引き戻され、思わずフッと鼻の頭を掻く。


「まずは、街の様子を探って、城内あたりを探ってみるかな」

「魔法にも興味があるしね」


「ところで、クラウディアは魔法を見た事があるかい」


「一度ね」

「そうめったに遭遇するものじゃないから」


「でもあれは、なかなかあなどれない代物しろものだよ」


「君がそう言うのなら、相当なものだ」

「警戒しておくよ」


 とラウルは、軽くウインクで返した。


 ◇◇◇ 


 さすがに城下の街は、人々の賑わいが違う。


 ラウルは、街のあちこち建ち並ぶ石造りの巨大な建物に声をあげた。

 尖った屋根を持つ建物には、大きな鐘が吊るされ時折、大きな鐘を鳴らす。


「これが教会?……その規模がデカいな……」

「なぜ、こんなに沢山の教会があるんだ?」


 街を行く人々の中にも全身を覆った丈の長いローブを着た人や逆に丈が短い羽の様な上着を羽織った人々が多く見られる。

 それに、街中を警備する衛兵の数が多い。


「この街は治安がいいな」

「かなり、良い街だ……」

 と、ついつい領主の目線で街の統治体制に感心する。


 腹の虫が鳴いた―――。


「そう言えば、道中を急いで駆けて来たので、ろくな食事をしてなかった」

 と思うと、とたんに空腹が気になり始める。


 クラウディアが指をさす。

 通りの先に大きな「宿」の看板。


「今日は、あそこにしようか?」

 とクラウディアを急かし看板の方へ。


 二人は、宿の扉を開けた―――。


 とたんに、店の中から笑い声と、いい匂いが漂う。


 一階は食事ができる様にテーブルが並べられた広いスペース。

 まだ夕方前だというのに店に並んだテーブルには、杯を掲げた人々で賑わっている。


 また、クラウディアが指で合図する。

 店の右手には、宿の受付。

 二階が宿泊部屋になっている様だ。


 賑やかな酒場の様子を横目に、宿の主人らしい受付人に声をかける。

 忙しそうにペンをはしらす様子の店主。


「部屋を頼む」


「あ、いらっしゃいませ」

 店主は、お決まりの笑顔で挨拶すると、目の前の客の様子を素早く探る。


 長旅の服装はしているが、着ている服の生地は上質。

 腰に下げた剣は逸品の品であることはわかる。

 となりの女剣士も、どことなく気品がうかがえる。


「部屋を二部屋頼む」


「少々お待ちください」店主は満面の笑みで答える。


 宿帳をめくっていたが。


「お客様……大変申し訳ございません」

「今、部屋がいっぱいでして、一部屋しか空いておりません」


「でも、静かでとても良い風韻気ふういんきの二人部屋になっておりますので」


 ラウルは眉を下げた。

「んんん。それはちょっとなあ」


「わ、私は、か、かまわないよ」

「親が認めた仲だ。もうすぐ、婚礼の日も近いし……ね」


 ラウルの手を握る。


(とっさの言い訳とはいえ、婚約中の設定かあ)

(姉弟の設定でも良さそうだが……)


「んん」

「それじゃあ。それで頼むよ」


 ラウルは、懐から取り出した金貨を店主の目の前に差し出す。


「これでいいかな?」


 店主は一瞬息を止め、パチリと目を見開いた。


 ラウルの顔をもう一度確かめると、ニンマリ顔で見た。


「店主、あと湯と湯桶をお願いできるか?」

「山道を駆けて来たのでほこりまみれだよ」


「あー、はいはい」

「心得ておりますよっ」


「すぐにお部屋にお運びしますので」


 と愛想の良さにラウルとクラウディアは目合わせした。


 ◇


 二人は、これまた愛想の良い店員に、二階の角部屋に案内される。


 部屋の造りは結構広い。

 壁越しにベットが二つ並ぶ。


「んっ、うううん……」


 確かに……店主が言う静かでとてもの部屋だ……が。


「な、何かこの部屋、暑いな」


 とラウルは手をバタバタさせながら窓の外を見た。


 

 荷を運び終わった店員に声をかける。


「この街では何が美味しいのかな?」


 店員が眉を弓なりに上げ、目尻に皺をつくる。

「この時期の旬といえば、やっぱサーモンすかね」

「渓流が近いので、いい魚が獲るんでさ。脂がのって美味いですよ」

「炙っても良し、オイル浸けもこれまた美味い!」

「ハラコなんて、こうスルスルっと」手まねする。


「酒もいい。うちの地酒と良く合うんですよ、これがあ」


 ひとしきり、お国自慢をした店員は肩を揺らしながら部屋を出て行った。



 そして注文していた、湯と湯桶が届き、店員がそそくさと部屋を出る。

 

「ク、クラウディア。何かあったら呼んでくれ」

「ボクは隣の部屋にいるから……」


「そ、それから」

「今日は初日だから、たっぷり食べて、ゆっくりしよう」

 

 と言い捨てて部屋を出ていく。


「バカね」

「何の為に……」

 と優し気な呆れ顔で、クラウディアは鼻を鳴らした。

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