第26話 精霊王の従者

 横たわっていたラウルが目を開けた。


(やはり人間。お前ら弱いな)

(そんな弱さで俺に挑むとは)

(しかし、まあ……少し退屈しのぎにはなったぞ)


 ラウルは瞳を動かし、状況を探るように記憶を手繰った。


(生きてる……ここは?……)


「痛っ」

 風に当たった皮膚がヒリヒリする。

 次いで体をつないだ関節たちが限界に悲鳴をあげた。

  

「兄貴いいいっ。―――よかったぁ―――よかったよぉ」

 シドの大声が響く。


「こ、ここは?……」


 辺りを見渡すと朽ち果てた石柱や壁が崩れ落ち散乱している。

 ただただ瓦礫の石畳みが寒々しく広がっていた。


「ここは、御山の神殿だよ」

「俺たち、ここまで空中移動とんで来たんだ」


「兄貴の体を精霊王さまが治療してくれたんだよ」

 声と同時にシドの腕が腰に巻きついてきた。


 ◇◇◇ 


 すがる二人の目の前に紅い煙が現れた。

 現れた煙は人の形を形成し、霊力をまとった紅い精霊王の姿に成った。


「従者よ。やっと目覚めたか」


「?……従者……」


 精霊王は腕を組み、口元を上げるとラウルたちを見下ろした。


「それを見せてみろ」と精霊王はあごをしゃくる。


「?」

「腰にさげてる、それだよ。それ」


 ラウルは腰帯を探る。

 腑に落ちぬ様子で帯に付けている革袋から一つの小瓶を取り出した。


「瓶の口を開けろ」

 ラウルは言われるままに、小瓶の栓を開けた。


 一瞬であった。

 小さな音を発て目の前の精霊王が煙になる。

 瞬きする間も無く、煙となった精霊王は小瓶の中に吸い込まれた。


「えっ!」

 尾を引きながら中に入っていった煙はコトリッと一鳴りすると静かになった。


「あ、兄貴……」

 シドの声にラウルが思わず目を合わせた。


 二人は黙ったまま瓶の口に耳を側起たせた。

 そして、ゆっくりと小瓶の口をのぞく。


 ラウルの肩がビクリッと跳ねた。

 中から煙が吹き出し、その煙は目の前でモゾモゾと動く。

 小瓶から飛び出た煙は輪郭を形成し、また人の形に圧縮された。


「貴様なぁ。何をしている」

「こんな物を中に入れおって」

 と精霊王は指先の赤い薬丹をつまんで見せる。


「しかし、なかなか良い仕事をする」

 取り出した薬丹に目を凝らす。


「これはお前が精錬した薬丹ものか?」

「いえ」と言葉にならないラウルは首を左右に激しく振る。


「そうか……だが、良い。良いぞ。なかなか良い趣向だ」

「そして快適」


「貴様たち」

「精霊使いとしては頼り無いヤツだが、お前らを俺の従者としよう」


 目の前の精霊王は起てた親指を自分に向け、次いで人差し指をラウルに向けると口元をニヤリッと上げた。


 ◇◆◇◆精霊王の従者


 ラウルとシドは精霊王の前に膝を折っていた。


「そのう……と呼んで良いのですか……ね」


 シドの問いかけに精霊王は腕を組む。


「そうだな、俺は時代や場所で色々な呼び方をされるのだが……」


「フンッ」

「俺の本当の名を聞いたら、お前らは腰を抜かして狐の巣穴に身を隠すだろうよ」


 シドが小首をかしげ、ラウルを見る。

 精霊は非常に悪戯ら好きな存在だそうだが……。

 目の前で高笑いする精霊王さまも嘘か真実か、只々、人間をからかっているのか心意は分からない。

 しかし、あの霊力はかなり高位な精霊なのは確かだ。


 フンッと精霊王がまた鼻を鳴らす。


「お前たちは、世間知らずだな。精霊のことを何も知らん」

「よいか。俺が色々と教えてやろう」


 と、けっこう講釈好きの精霊王さまである。


「貴様の持っているその小瓶はな、精霊が留まる場所なんだ」

「壺家と言って、我ら高位の精霊の住家だな」


「精霊使いが精霊を素材の精錬して造ったのがその精霊の壺家だ」

「快適な壺家なら、千年、二千年は長らく快適に住めるぞ」

「住みついた精霊は、この中に亜空間の住家を創っているのだ」

「ふっふっふ」

「俺様のような高位の精霊のみができる事だ」


「昔は精霊使いどもが、こぞってな腕を競う様に壺家を精錬しては俺らに献上していたのだがな……」精霊王さまは首を横に振る。


「やはり昔ながらの壺家は造りが良い」


「俺様もこの山に移り住んで久しいが、そろそろ新しい壺家での生活もいいだろう」


「お前らが俺の従者として、この壺家を護れ」


 やはり、ラウルが小首をかしげる。


「僕は、そのぉ精霊使いではないのですが……」

「従者になれと言われても……」


 精霊王は、深い溜息を吐きながら自分の額を抑えると空を仰いだ。


「あああー。かまわん。かまわん」

「お前は生まれた赤子の様なものだ」

「俺が旅の道中に色々と教え込んでやる」


「旅の道中?」


「お前は、この壺家をたずさえて旅をするんだよっ」


「えっ」


「しかし、僕ら……」


「お前ら、あの『不死の誓いの瞑士』の所へ行くつもりだろう」


「やめとけ、やめとけえ」

「今の貴様らでは、到底ヤツには勝てんぞ」


「ついでに俺が、ヤツに勝つ特訓をしてやろう」


「わっはっはっは―――」


「…………」

「…………」


 瓦礫の散る朽ちた神殿に山風が吹き抜けた。


 精霊王を前に二人の新米従者は言葉を詰まらせ、無言のまま見合わせた。



 ―――剣士の旅はつづく。

 

 第二章 おわり



☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆

 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 応援♥頂き、感謝、感謝でございます。


 中篇コンテストの参加作品の為に一旦更新待ちとなりますが、

 旅はまだまだ始まったばかり、今後の二人の活躍をお楽しみに・・・

 

 歴史ファンタジーも書いていますので、こちらもどうぞ宜しく願いいたします。

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眠れぬ大地の精霊使い 橘はじめ @kakunshi

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