第21話 鬼人
「さあっ、二人ともたくさん食べてね」
朝にさえずる元気な小鳥を想わす娘の声が響いた。
並べられた朝食を目の前にしたシドが、その目を丸くする。
「姉さん……もう起きて大丈夫なの?」
姉はニコリと笑う。
「シド。今まで心配かけて、ごめんなさい」
「もうすっかり治ったみたい」
桜色の唇が答えた。
「今日から渡し場の帳場にも復帰しようと思うの」
「皆にも迷惑をかけてしまったし……」
「えっもう」と驚くシドの横で二人を観ていたラウルが声をかけた。
「そうだよ、セレア。まだ病み上がりの体だ、無理はしないほうがいい」
名前を呼ばれ、ちらとラウルと目を合わす姉の頬が少し赤らんだ。
シドの姉、セレアが病床から起き上がれるようになりラウルが気血を巡らす術を説いた。もともと素養があったのか、滞っていた彼女の気力は見る見るうちに回復し動き回れるほどになっていた。
「でも、早く元気になって良かったよ」
「ラウルのおかげよ……」彼女の瞳がラウルを映す。
「出会いに感謝しなければ……」
小窓から朝日が差し込む小さな部屋で三人は円卓に座ると静かに目を閉じた。
「さあ、冷めないうちに食べましょう」
二人はセレアから給仕されてこぼれそうに盛られた皿に目をやり、一度目合わせた。
こぼれぬようにゆっくりと口をつける。
シドの食器を鳴らす音が、嬉しそうに円卓に聞こえた。
◇◆◇◆ 鬼人
「大変だ。妙な奴らがっ!」
と船着き場を仕切る船主の男が、血相を変えて部屋のドアを開けた。
「旦那っ来てくれ。また奴らが現れたんだ」
「それが旦那を出せって息巻てやがる」
ラウルは剣を持つと船主に連れられ表に出た。
体躯のいい男が腕を組んで立っている。
その男、見るからに武だ。
その後ろに妙な格好の少年?が立っている
鮮やかな花色の上着を羽織り、目と額を隠す趣向の仮面をつけた少年。
その仮面の額には二本の角らしきものが装飾され、まるで小鬼を連想させる。
「仲間を倒したのは、お前か?」
まだ幼声の少年が、体格のいい男越しに問いかけてくる。
「活きの良い若い槍使いが居るとは聞いていたが……」
「お前は旅の剣士か?」
上から目線の言い方だ。
「おい剣士。面白そうな面構え……だが……」
「まあいい。けじめは着けさせてもらう」
「手合わせしろ!」
「お前が勝ったら、おとなしく退いてやろう」
何と
「裏の川辺に一人で来なっ」
「ここで派手に闘っては、この辺り一帯が火の海になっちまうからな」
と少年はラウルに向かって宣戦布告すると、小さな顎をしゃくった。
◇◇◇
ラウルと鬼面の少年は、川辺に対峙していた。
「逃げずに―――よく来たな」
「…………」
「んんっ」と拍子をとる様に一つ咳払いする。
鬼面の少年は右手を顔の前にゆっくりと差し出した。
そして親指と人差しゆびを微かに擦り合わせる。
擦り合わせたゆび先に、炎が一つ灯った―――。
炎は拳ほどの大きさに膨れ、鬼の仮面を照らす。
「魔法使いか?」
少年の口元が満足気にニヤリと動いた。
「いや、ちがう……」
「僕は炎の精霊使い。炎を自在に操り全てを焼き尽くす者」
「小さいからと思って侮らないほうがいい」
「この炎はっ『インフェルノ・ブラアーァスト』っ!」
「貴様の魂ごと焼き尽くす紅蓮の炎っ」
と言うなり、少年が炎を投げ放った。
「おいっ」
いきなりの攻撃に、ラウルは向かって来る炎を避けながらも剣で打ち払う。
打ち払った炎の玉が大木にぶつかり砕け散る。
そして地面に落ちるとジリジリ小さな音を発て消えた……。
「やるなっ!」
と少年は闘いの構えをとる。
既にゆび先に現れていた次の炎の玉を敵に向かって投げかけた。
炎の連打が川辺の空間を飛来する―――。
ラウルは体を流しつつ無数の炎の玉をかわす。
「?……?……この違和感」
炎の玉をかわしながらラウルは地を蹴って跳躍した―――。
少年に体当たりをかます―――。
よろけた少年をそのまま押し倒し、地面に組み伏せた。
「その手をっ放せ!」
熱を発した少年の手の平が膨れ上り一瞬弾けた。
ギュンと炎の刃が鋭くラウルの首元をかすめ、空高くに抜けた。
「? ―――お前っ」
叫ぶ少年の言葉を断ち切る様に鬼の仮面を掴むと、ラウルはその鬼面をむしり取った。
目の前にエメラルド色の瞳をした綺麗な顔立ちの少年の素顔が現れた。
その瞳から涙があふれ、宝石の様に瞳を濡らした。
「女の子?……」
小さな手の平が、ラウルの顔を押し退けた―――。
顔をぬぐう女の子?に戸惑いながら声をかける。
「も、もう泣くなって……」
よく見れば、妹のアンジュと変わらない齢恰好の女の子。
女の子に間違いない……と……。
「僕は女だ。バカっぁ!」
と戸惑いあたふたするラウルの顔に小さな彼女は口を尖らした。
◇◇◇
少女は生い茂る大木を背に膝を抱えて座っていた。
グスリッと鼻をすする。
「ずるいよ。その火竜の
すり傷のできた少女の腕をとり、ラウルが傷薬の軟膏を塗る。
口を尖らせていた少女は、ラウルの顔をチラッと見上げる。
「僕は『鬼人さま』を探している」
「鬼人さま?」
「ああ、この地方に伝わる『鬼人さま』だよ」
「なぜ?」
「……ああ、それでその恰好。鬼の仮面をつけているのか!」
とラウルが納得したように膝を打つ。
彼女が頬を膨らました。
「こ、これは……僕の趣味だ……」
ラウルの眉がピクリッと上がる。
「カッコイイだろ……」
と、そっぽを向いた。
「実は……鬼人さまに頼みがあって探している……」
「僕らの里に住みついた火竜を討ち取ってもらいたいんだ……」
「―――火竜?」
「そう全身を業火でまとった魔獣。火竜だ」
「鬼人さまであれば、火竜を討てる」
「僕が子供の頃……見たんだ」
「僕は鬼人様に……里を襲った火竜から助けてもらったことがある」
「あの鬼人さまならば、必ず火竜を討てるはずだ」
ラウルは大きく息を吐いた。
さっきから心臓の高鳴りが止まらん。
鬼人だ……火竜だ……と。
何だ何だ、その響きは。
も一度大きく息を吐きながら腕を組んだ。
「僕がやろう……」
「その火竜、僕が打倒すよ」
少女のエメラルド色の瞳が、ラウルを見上げた。
少し驚いた様に。
「僕の旅の目的はね。魔物を倒す事だ」
「僕がやるよ」
とラウルは目を見開いて見上げる少女の頭を優しく
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