閑話① 千年ジイの木の下で

 赤壁の森で暮す娘は、日課である礼拝堂での仕事を終え、今日の収穫でもある木の実や果物が詰まったかごを抱えて家路へと向かっていた。


 秋色に染まり始めた山々から時折、吹き下ろす風が何とも冷たい。

 身を丸め、赤いずきんを深くかぶると、羽織った赤いコートの前をしっかりと閉ざした。


「あれ? ……なにかしら……森が騒がしわねぇ」


 と、いつもと違う森の様子が気になった司教の『レイ』は、飛び立った鳥たちの方角へと足を進めた。


 ―――突然。


 にょろりっと動いたつるが伸び、生き物のように彼女の腰に絡みついた。


「ちょ、ちょっとぉ」


「―――千年ジイ。離してぇ」


 目の前の大きな木に一人苦言を言う。


 その大きく枝を張る太い幹をした大木は、ユサユサと揺れた。


「もうっ……」


 レイは手に持っていた篭を地面に置くと両手を広げた。

 そして大きな木の幹に両手で抱きつくと、ゆっくりとひたいを表皮に添る。


「えっ! 何っ」


 大きな蔓の塊がモゾリッと動いた。


 レイは蔓の塊の一本を掴み、そっと払いのける。


 ◇

 

「きゃあっ!」―――蔓の塊の中から、人が転げて落ちた。


「ちょ、ちょっとぉ。びっくりするじゃない!」


 蔓は娘の目の前でユサユサと揺れた。


「はいはい。偉い偉い」

「森で困っている人がいたら、助けてあげたのね―――」


 とレイは目の前の大木を優しくでてあげた。


 ◇◆◇◆  


 蔓の中から現れた人に、ゆっくりと近づいた。 


 ツンツンと小枝で突いてみる。

 ……反応はない。


 顔を少し近づけてみる。

 ……息はある。

 

 血痕の広がった服。

 

 レイは、その倒れた青年の顔を探る様に見た。


(なんてキレイななの……)


 銀色の髪に整った顔立ち。

 赤味の無い真っ白な肌……そして血の気の引いた紫な唇。


(ハッ―――!)


 レイは自分の唇に思わず指をあてがった。


(あなたは……もしや……)

(いたずら好きの精霊王『フェイリア』さま……)


(自由の翼を失い、この森に落ちた精霊王……なの?) 


 思わず、熱くなったほほを両手で覆う。


 ◇ 


(ウフフ……)


(いやいや、そんな照れてる場合じゃない)


(レイ……あなた、ちょっと本の読みすぎよ……)


 昨晩も一晩中、本を読みふけり気づけば朝だ……。

 と一人で照れる―――。


(早くこのケガ人を治療しよっと……)


 気を取り直して、彼の血の付いた服を脱がせると、傷跡や損傷を確認する。


 青年を動かそうとしたが、重くて動かない。


(重いィー)

 

(仕方ない……)

(ここで治療するか……)


 青年を仰向けに寝せると、手をかざして詠唱を唱えた。


「んっ!」

「治らない? 魔法が効かない?」


 首を傾げた。


「あっ……あいつが原因?」と口を尖らした。


 レイはもう一度、静かに目を閉じる青年の顔を見つめた。

 

 恥ずかしそうに両手で顔を覆った。

(この魔法、まだ試した事がないんだよね……)


(よしっ!)心の声を発した。


 レイは、青年の手を握った。

 そして自分の胸元に引き寄せる。


 先ほどとは違う魔法の詠唱を唱える……。


(大地の精霊に光の精霊……力を貸して……)


 先ほどとは違うをした光の粒が現れ始めた。

 白銀に輝く光りの粒がフワフワと辺りに漂い始めた。


 ◇


 ―――どれくらの時が経っただろうか?

 光の輝きは次第に無くなっていく。


「疲れたぁ」


 と地面に座り込んだレイは、そのまま横たわってしまった。


 ◇◆◇◆


 はたと目を開ける―――。

 いつの間にか日が沈み、辺りはすっかり暗くなっていた。


「困った。この人、重くて動かせないよ……」


 レイは落ちた小枝や落葉を集める。

 小枝の表面を指で軽くこすった。

 すると「ボフッ」と青い小さな炎が起きた―――。

 

 ◇


 やっとの事で千年ジイの幹の下、その足元に青年を寝かせた。


 青年を膝に抱きかかえると、自分が羽織っていた赤いマントを上からフワリとかけた。


「ふわああぁ」

 レイは大あくびをすると、青年の首元を両手で抱いた。


 秋の夜風が冷たく頬をなでる。


「寒いィー」


 ブルッと体を震わすと体を寄せた―――。



 深い深い森の中。

 千年ジイの木の下で二人は寄り添う。


 暗闇の中、白銀に光る柔らかな粒が、フワフワと二人の周りを漂っていた。


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