引きこもり思い出す

 泣いているアユムくんを見て、おもわず

「怖かったね、わたしも怖かったよ」

 と声が出た。アユムくんはえっくえっくと泣きながら、


「ぼくが学校にいかないせいだ」とつぶやいた。


「ええと……お母さん?」


「義理の姉です」


 婦警さんにそう答えて、こうなった経緯を説明する。婦警さんは親身になって聞いてくれて、わたしはわたしがついこの間まで田舎で引きこもりをやっていたことまで話してしまった。


「大変でしたね……」


「いえ、いちばんいい方法で家を出られたので。夫には感謝しかないです」


「そうですか。アユムくんは学校が苦手なんですか?」


「ちょうどさっき、フリースクールに入会の手続きに行ってきたところで。勉強自体は好きで得意なのですけど、いじめに遭ったと。訴訟しようとわたしは思ったんですけど、本人がそれを望んでいないので」


「……お姉さん、よくしゃべりますね……」


 ふと、子供のころのことを思い出した。未就学児だったころ、「あおいちゃんはおしゃべりが好きだねえ」と、わたしを可愛がってくれた祖父を思い出したのだ。

 祖母は「なんで学校にいかない」とわたしをなじったが、祖父は「世の中にうまく合わせられない人だっているんだから仕方がないだろう」と、とてもおおらかに接してくれた。ただ、わたしが20歳のときに亡くなってしまった。


 そうだ、祖父みたいになればいいんだ。


「あの、篠山さん?」


「あっ、ごめんなさい。ええと……とにかくですね、いじめてくる輩のいる学校に行かせるつもりはなくて。あの親戚のことですから『気の持ちよう』とか言うんでしょうけど、そんなのは古い考え方ですから」


「確かにその通りです。だからアユムくんは悪くないんだよ。ね?」


 婦警さんに優しく声をかけられて、アユムくんは「ひっく」と喉を鳴らした。


 婦警さんはもろもろのことを聞いてから、一礼して帰っていった。それから少しして玄関チャイムが鳴ったので出ていくと、立派な犬を飼っているお隣のおじさんだった。


「あの。さっきの騒ぎ、なんだったんです?」


 ざっくりとなにがあったか説明すると、


「恐ろしい。学校に行けないことのなにが悪いやら」


 と、身震いして戻っていった。


「ほら、お隣さんも、学校に行けないことは悪くないよって言ってる。フリースクールで楽しく過ごしても悪いことはないんだよ」


「うん。ありがとう、あおいさん。ぼくのためにいろいろ助けてくれて」


「アユムくんを守ることは、わたしを守り直すことだからね」


「……?」


「さ、もうすぐ泉さん来るし、少しお部屋片付けよっか。チビ太がきてから、なんだか散らかるもんね」


「うん!」


 我が家の平和は、とりあえず取り戻された。問題は次に親戚が襲撃してきたときのことだ。あの親戚がフリースクールで納得するだろうか。

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