引きこもり思い立つ

 アユムくんの先生を撃退した日の夜、我々篠山家の面々はススムの開拓したベトナム料理屋でフォーとやらをすすっていた。牛肉の出汁がとてもおいしい。

 やっぱりオフィス街の雑居ビルに入っているお店なのだが、昼はお昼を食べに来たOLやサラリーマンでごった返すらしい。夜に来てみるとそうでもなくて安心した、とススムは笑顔だ。


「アユム、あの先生嫌いだったもんな」


「うん。ぼくをいじめてきた人たちをえこひいきしてた。えこひいきされてた人たちはお兄さんが男子ミニバス部だから。あの先生、ミニバス部の顧問なんだよね」


 アユムくんはフォーをちゅるちゅると啜りながらそんなことを言う。


「わたしは、わたしを、守れた。わたしならできる」


「どうしたあおい」


「うん、ここのところずっと、アユムくんを守るのは自分を守り直すことじゃないかなって思ってたんだ」


「自分を守り直す?」


「小学校のときも、中学に上がってからも、わたしを守ってくれる人はいなかったから、わたしはああいう人生を送っていたわけで……だから、せめてアユムくんを守りたいんだ」


「……あおい、お前……男前だな。結婚してくれ」


「残念でした既婚者でーす」


 そこでみんなで笑った。まさしく幸せな家族だ。


 さて、次の朝になった。火曜日だ。シリアルの朝ごはんを用意して、みんなでしゃくしゃく食べる。

 ススムの「オトギバナス」の開発はいまのところ順調らしい。アユムくんはきょうフリースクールに行ってみるというので、一緒にいこうか? と訊いてみると、


「だいじょうぶ。ひとりでいくよ」


 という頼もしい返事が返ってきた。


 アユムくんはいままで家のなかにいるのでさっぱり使っていなかったキッズケータイをお気に入りのリュックに入れ、飲み物の水筒とペンケースもリュックに入れる。

 弁当も必要だろうかと思ったが、あらためてパンフレットを確認するとお昼ご飯を作りに来てくれる人がいるのだそうだ。至れり尽せりじゃん。


 というわけで家で一人になってしまった。


 なにをしたらいいんだろうの暗闇に放り出されてしまった。どうしよ。

 引きこもりでいたころと同じように過ごすのはいやだ。なにか有益なことがしたい。ポイ活ソリティアでもやればいいんだろうか。


 ……そうだ。


 創作活動というやつをやってみよう。中学のころ、ぼんやりと「文章を書く仕事をしてみたいなあ」と思っていた。というわけで、さっそくスマホ用のブルートゥースキーボードをポチり、スマホにテキストエディタをインストールし、「ヨムカク」というネット小説投稿サービスに登録した。

 どんなお話を書こうかな。ワクワクしてきたぞ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る