引きこもり安心する
キーボードを注文した次の日、夕方に持ち出し中になり、ウキウキで待っているとススムが帰ってきた。いつもの「新婚なら早く帰れ」で帰されたらしい。なおアユムくんはフリースクールが楽しくて、今朝出かけるときに、連絡するから迎えにくるのは待っていて、と言っていた。
「へえーキーボードか。ネット小説ねえ……向いてると思うよ」
「そうかな。そうだといいけど」
「もともとさ、『オトギバナス』のアイディアは、あおいにもらったようなものなんだよな」
唐突にススムは不思議なことを言い出した。どういうことだろうか。
「幼稚園くらいのころ、あおいとお伽話のバラバラ殺人をして遊んだんだよ」
「えっなにそれ怖い」
「覚えてないか? シンデレラがカボチャの馬車で鬼ヶ島に行って、鬼の舞踏会で鬼の王子さまと恋に落ちて、そのまま竜宮城に駆け落ちして乙姫さまと三角関係になる話」
幼稚園児が考えるにしては難しい語彙が使われている気がするし、わたしはそれをさっぱり覚えていなかった。
だから冗談だと思ったが、ススムの顔は真剣だ。
「あおい、小学生のころ国語の成績めちゃめちゃよかっただろ? たぶんあれってお話作って遊んでたからだと思うんだよなあ」
そうなのだろうか。なんせ20年引きこもっていたのでさっぱり忘れていた。
というか子供のころのことは、なるべく思い出さないようにフタをしていた気もする。
「あのお伽話のごちゃ混ぜが楽しくて、子供のころに自分ひとりでもやろうとしたけどうまくいかなくて。あれを子供たちが1人でできたら国語の成績伸びるだろうなって」
そうなのか。なんとなく面映い。
「じゃあ『オトギバナス』の発案はススムなの?」
「いや、もともとAIの国語教材を作るプロジェクトがあって、こんなのどうでしょうって提案したんだ。それが採用されただけだし、英会話モードとか漢字とかことわざとかその辺りは僕の初期案から別の仲間が膨らませてくれた」
ススムは笑う。
「うんと責任ある立場とかじゃないから、新婚は早く帰れって帰されるんだ」
スマホが鳴った。アユムくんから「帰るので迎えにきてほしいです」というメッセージだ。ススムが車で迎えに行った。東京というところは、子供1人で夕方出歩くのはやっぱりちょっと危ないのだ。
待っている間にキーボードが届いた。ブルートゥースなるものを設定していたらアユムくんとススムが帰ってきたので、とりあえず食事をレンチンし、みんなでのんびりと食べた。
「フリースクールどうだった?」
「友達ができた!」
おお、それはすごいことだ。どんな友達? と尋ねると、アユムくんはちょっと恥ずかしい顔をして、
「イグアナのリンダちゃん」
と微笑んだ。あのイグアナ、リンダちゃんっていうのか……。
人間の同窓生とは距離の取りかたを調節している感じらしい。それでもいいのだ、家にいるよりかはずっと。
アユムくんはフリースクールで使われているプリントを見せてくれた。できるのであればどんどん進んでいいシステムらしく、いまは小学4年生くらいの勉強をしているらしい。
フリースクールに行かせてよかった。なんだかとても安心したのだった。
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