引きこもり過呼吸になる

 次の日もアユムくんは元気いっぱいフリースクールに向かった。これから泉さんが来るので軽くチビ太の毛を粘着コロコロでとる。(主にわたしが)散らかしたものを戸棚にしまっているところに、泉さんがやってきた。


「おはようございまーす。あれ? アユムくんはどうされたんですか?」


 あんまり簡単に「フリースクールに行っている」と言わないほうがいいような気がして、


「ちょっと習い事に通わせています」


 と答えると、


「いまフリースクールとかって当たり前ですもんね。恥ずかしいことはなんにもないですよ」


 と、魚を捌きながら泉さんは微笑む。バレバレだったようだ。


 ババロアを喜んでいたことや、アジのマリネが気に入っていることを話すと、泉さんは嬉しそうな顔をして、でもそれでも手は一切止まらない。むしろ話しながらのほうがテキパキと魚を捌いている。練度が高すぎる。


 泉さんは机の上を見て訊いてきた。


「それってスマホに繋げられるキーボードですか?」


「ええ、ちょっとやってみたいことができたので」


「作家を目指されるんですか? すごぉい。私、文章を書くなんて、子供の連絡帳へのお返事で精一杯なのに」


「そんな大それたことじゃないんですけど、なにかできたらいいなと思って」


「そうですかぁ。あ、そうだ。本で読んだんですけど、猫のおやつって自作できるらしくて、ササミを買ってきたんです。いいですか?」


「それはチビ太も喜ぶと思います」


 というわけで泉さんは人間の食事をこしらえたあと、ササミを茹ではじめた。チビ太が匂いに誘われてフラフラと近づいていく。


「チビ太、だめだよー」

 と、チビ太はとりあえずケージに入れた。


 泉さんは茹でササミを大変よく切れる包丁で細切れにし、タッパーウェアに詰めて冷凍庫にいれてくれた。ひとかけら30秒くらいレンチンすればいいらしい。


 泉さんが掃除をしている間に、なにを書こうか考える。

 とりあえず身の回りのことを書いてみよう。なにがいいだろう。中学時代のいじめのこととか書いたらウケるのかな。

 そう思ったら突然過呼吸に襲われた。泉さんがびっくりして駆けつける。


「だ、大丈夫ですか?! これ、ビニール袋!」


「あ、あう……あう……」


 どうやら自分のことよりフィクションを考えたほうがいいかもしれない。過呼吸は治まったので、とりあえず1000文字くらいファンタジーっぽいものを書いてみようとして、頭の中にある楽園を描写するには自分の能力が足りないことに気付く。語彙だけでなく適切なレトリックが出てこないのだ。


 やっぱり引きこもり生活は健康に悪い。しばらく悩んで、とりあえずインプットを増やさねば、と思った。

 引きこもり生活をしている間は、ゲームするかアニメやドラマを観るかで、小説という媒体にあまり触れていなかった。なにか読めばいいのかな。でもなにを読めばいいんだろう?

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