引きこもり気が大きくなる

 なんだかとても気まずいぞ。

 初対面の子供と2人っきりで家にいるというのは、恐ろしく気まずい。


「えーっと……ふだんはなにしてるの?」


「ゲームしたり、本読んだり、テレビとかユーチューブとか観たりしてる」


 そうか、テレビという手があった。わたしは基本的にテレビっ子だ。朝ドラと大河は(どんなにつまらなくても)欠かさず観るし、ほかにもいろいろドラマを観るのが好きだ。しかも地元にないTBSとテレ東も観られるのだ。夢だった大河からのTBS日曜劇場のハシゴ観もできるではないか!


「そっか、どんなテレビが好き?」


「ピタゴラスイッチとマチスコープ!」


 なるほど、どちらもよく知っている。土曜日に朝ドラの1週間ダイジェストを観る前に、えねっちけーEテレをよく観ているので結局どちらもよく観ている。昔は「にほんごであそぼ」も好きだったが、なんだか雰囲気が変わってしまって観る気が起こらなくなっていたのだった。


 録画機があったので起動してみると、ちょうどマチスコープが録画されていたので観る。佐藤二朗の無駄遣いだ。


「ぼくもさ、本当はこういうふうに、街のなかを歩いてみたいんだけど、お家から出るのが怖いんだ」


「わたしとおんなじだねえ……」


「あおいさんもお外が怖いの?」


「うん、すっごく。東京なんて初めてだし」


「そっかあ……でも兄ちゃん、朝早くに仕事に行って、夜遅くに帰ってくるから、一緒にお外に行けることってないんだよね」


「ススムってそんなに忙しいんだ」


「うん。いま会社がおっきい仕事をこなすまでのシンボーだ、っていうんだけど、その仕事が終わると次の仕事が始まっちゃうから」


「お外、行きたい?」


「うん。でもあおいさんも怖いんだよね?」


 わたしはしばらく考えた。確かに外は怖い。でもここで悩んでいたらアユムくんのためにならないのではないか。

 そして永遠に出られないと思っていた実家を脱出して、わたしは気が大きくなっていたのだった。


「2人ならなんとかなるかもしれないよ。冷蔵庫、常備菜が少しあるだけでほとんど空っぽだし。いちばん近くのスーパーってどこ?」


「えーっとね」と、アユムくんはタブレットを操作して、グーグルマップを開いてくれた。すぐそこに結構大きくて評判のいいスーパーがあった。しかも時間帯的にいまはそんなに混んでいないとある。


「行ってみよう。なにかお菓子買おうか」


「うん! お財布はそこだよ」


 必要最低限の機能しかない財布に、マジックで「家計」と書いてあるのが置いてあった。ここから払えということらしい。とりあえず一万円すっと抜いて、自分の財布に入れた。お釣りはちゃんと返します、ありがとうススム、と手を合わせて、わたしはアユムくんとマンションの部屋を出た。


 大ばくちの、じゃなかった大冒険の始まりだ。そんな気分になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る